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53❤︎やきもち
─聖南─
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聖南はその日、午後から海沿いの下町散策のロケに来ており、休憩を挟みながら軽く三時間近くは歩いてようやく終わりを見た。
体力的には問題無い。まだまだ売り出し中の女性アイドルや年輩の司会者等、他の共演者の方が心配になるレベルでスタミナが尽きてしまっている。
聖南はというと、合間に様々な地元特産の名物料理や珍味を食したためかお腹が重くて敵わない。
明るいキャラと話術、さらには道行く人々へ気軽に話しかけるコミュニケーション能力を買われ、月に一度は散策ロケに呼ばれるのだが、とにかく色々な種類のものを飲み食いするので毎度葉璃の胃袋を借りたい心境になる。
今日も変わらず密着取材のカメラが別角度から聖南を捉える中、やや膨れた気のする腹を擦っていたところに、大塚社長から連絡が入った。
ロケ自体は終了し、スタッフが撤収作業に入っていたので聖南は堂々と席を外した。取材の者に断りを入れる事は忘れず、車内での通話に至ったのだが……。
あまり気乗りする内容ではなかった。
本音を言えば、ETOILE三人のルームシェアにはOKを出したくはなかったのだ。
何故かと聞かれても、『なんとなく』としか言えない。
我慢を強いられている現状で、葉璃の恋人としては一ヶ月もの間他人と同居させるというのが不服なだけで、企画そのものは面白いと思っている。
出演予定であるデビューしたての新人アイドル四組のうち、ETOILEはあらゆる面で郡を抜いていて、おそらく製作サイドは是が非でも出演してほしいと切望しているに違いない。
加入メンバーのオーディションがあるからと返事を保留にしていた林に、何度となく打診が合ったことも聖南は承知していた。
ETOILEに仕事がくる事も、聞いていたルイの加入発表時期を鑑みても、宣伝告知にもなり得るため出演した方が良いのは誰の目にも明らかだ。
聖南は、葉璃さえ良ければと彼に返事を託した。
高確率で断らないだろう事を想定してはいたが、葉璃は自身の生活能力の無さに不安を抱いているようだった。
残念ながら、それは今回の企画を断る理由にはならない。
聖南は、決断するしかなかった。
彼らのプロデューサーとして、若い芽を潰すようなことは出来ずに渋々我儘を呑み込んだ。
本当に、渋々だ。
電話の向こう側が一気に騒がしくなった事からも、出演に関して最終決定を下すのが聖南だからと、それが決まるまでは慎重にならざるを得なかったらしい。
通話を終えた聖南の唇は、知らず歪んでいた。
状況を整えられ、聖南にとっての決め手である葉璃を前に我儘を言えもしなかった胸中が、無意識にそうさせていた。
「セナさん! お疲れ様です! お忙しいっすねぇ!」
車を降りて数歩歩んだ先で、密着取材のスタッフらがカメラを向けたまま近寄ってくる。
〝社長と仕事の電話〟と言えば、そう労われて当然だろう。
「まぁ。ありがたい事にな」
「子役時代の活躍も存じていますが、CROWNとしてデビューしてからは上がりまくりっすよね!」
「曲作りにも参加し、最近ではプロデュースまで手掛けていらっしゃる! 私共にも噂が届いてますよ~、新人女性歌手のデビューにも関わっているとか」
「先日の打ち合わせがまさにそれでしたよね!」
「そうでした! 驚きましたよ、海外の方で。しかもとてもお綺麗な」
業界内ではすでに噂になっているという〝新人女性歌手のデビュー〟の件については、先日打ち合わせにこの面々を同席させた聖南も、撮るのはいいが音声は切れと指示したように、大塚社長直々に事務所からの発表を待つよう箝口令が敷かれている。
ETOILEの企画もそうだが、聖南の密着特番がレイチェルの宣伝告知になる事を考慮すると、やはりまだ世間への情報漏えいは避けたいところだ。
それは多分に、社長のためである。
「マジでまだ情報漏らすなよ」
「分かっていますとも!」
「大塚社長の目が光っているとなると、我々も迂闊には動けません!」
「それならいいけど。てか俺、今日はこれがケツだぞ」
「えっ? まだ十八時ですが」
「仕事は、な。俺はこれから事務所に戻って広報とツアーの企画練るんだよ。そこは立ち入ってほしくない」
「……そうですか……」
「悪いな」
ナレーションだけならここは使っていいよ、と付け加える。例によって重要な部分は音声を切れと言外に伝えたつもりだが、彼らはプロだった。
初回から顔触れの変わらない三名に笑顔が戻り、早々と乗用車で去って行く。
それをその場で見送った聖南は、ここ毎日の癖になった溜め息を漏らした。
「はぁ……。これがあと二ヶ月も続くのかよ……」
このぼやきもほぼ毎日だ。
あの面々がカメラ片手にどこへ行くにもついてくる。それが密着取材というものなのだろうが、他の業界人はこれを鬱陶しいと感じないのかと、聖南は考えても仕方のない事を毎度思う。
聖南と同様にアキラとケイタも密着取材を断り続けているが、彼らが受けた場合は特に毎日のように演技の仕事が入っているのでさらにストレスがかかりそうだ。
やはり自分が矢面に立って良かった。
そう思うことで、仕事としてこの鬱憤を割り切るようにするしかない。
ロケのスタッフに軽く挨拶をした後、聖南は愛車に戻るなり葉璃の姿を妄想した。
確か葉璃も、今日は午後の生放送が最後だったはずだ。
それをいい事に社長に呼び出され、例の企画についてを聞かされたのだろうと推測するが、この時間ともなればルイか林に送ってもらい自宅に帰り着いていてもおかしくない。
「葉璃はどうしてっかな。……電話してみるか」
不意打ちで葉璃の声を聞いてしまったがために、どうにもそわそわして落ち着かなかった。
仕事が残っている以上は会いにも行けない。ならば声だけでも、と聖南は迷わず通話履歴から葉璃の名をタップする。
しばらく発信音が続き、ハンドルを指先で叩いていた聖南の耳に愛しの声がのんびりと応答した。
『はーい』
「あ、葉璃? 今何してる……てか外か?」
想像していた自室とはかけ離れた周囲の賑やかさに、自他共に認める狭量な聖南は眉を顰めた。
『そうなんです、いま家族で出掛けてて……』
「あぁ、そうなのか。悪かったな。じゃあまた夜かけ直……」
『あっ、待ってください!』
「ん?」
『待って、待ってくださいね』
「うん」
さすがに家族との時間は邪魔できないと、聖南は早々に通話を切ろうとしたのだが、なぜか葉璃は慌て始めた。
通話を切らせぬよう引き止められた聖南だったが、葉璃が次に発した言葉につい満面の笑みを浮かべてしまう。
『……お父さん、車の鍵貸してくれないっ? うん、……うん、そう! し、しし仕事の電話で……! あっ、ありがとう! すぐ戻るから!』
仕事の電話をしたいからと父親に車の鍵を借りてまで、葉璃は聖南を優先した。
──嘘だろ、そんなことしてくれんの。
鍵を手に、葉璃が駆けている。
出先から外へと通ずる扉の開閉音、駐車場と思しき道まで駆ける足音、機械を通して聞こえる葉璃の吐息、すべてに胸がキュンキュンした。
家族団欒に水を差して悪かったという思いとは裏腹に、葉璃の行動力に心が弾む。
「はるー」
『はいっ?』
「好きだよー」
『は、は、はいっ』
駆けている最中の、上がった呼吸音さえ愛おしい。
聖南の告白に一瞬たじろぎ、頬を赤らめたところまで想像するともっと愛おしい。
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