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53❤︎②

 揶揄いまじりの聖南の告白は、大いに照れを含んでいた。  溜め息よりも口癖にしたいのは、直接告げる機会のめっきり減った葉璃への『好きだよ』だ。  声を聞くと、どうしても会いたくなってしまう。しかも葉璃の方からこれほど健気なことをされては、たまらなかった。  会うことが叶わないから通話をしたのであって、先刻の聖南のように車内にこもるというなら、時間の許す限り葉璃を堪能しようと決める。 『すみません、お待たせしました!』 「わざわざ車に移動してくれたの」 『うっ、だってこの時間に聖南さんから電話もらうのってあんま無いから……何かあったのかなって』  どうやら葉璃は、珍しい時間に掛けてきた聖南に何かあったのではないかと心配だったようだ。  葉璃の就寝前を見計らってのわずかな通話を心の拠り所にしていた聖南だが、日々多忙につき日中はそうそう通話をしてやる事が出来ない。  空き時間にメッセージは送り合えるものの、直接話したいと思った時には周囲に誰かしら居る。  車内に逃げ込んでもどこかからカメラを向けられているとなると、みるみるうちに表情筋が緩む葉璃との通話は控える他なかった。 「……そう、何かあったんだよ」 『えっ!? 大丈夫なんですか!?』 「さっき葉璃の声聞いちゃったからさ、無性に会いたくなって」 『えっ、でも……っ! えっと、……っ』 「あはは……っ、葉璃も今日はケツが早かったからな。家族と過ごしなさい。聖南さんそこまで分からずやじゃねぇ」 『へへっ、ありがとうございます』 「会いたいのはマジなんだけど、この電話に特に理由は無かったんだ。葉璃何してっかなーと思っただけで」 『そうなんですね。なんだ……良かった……』  あからさまにホッとした様子に、それほど心配されていたのかと聖南は複雑な心境に陥った。  好きに葉璃と接触する事が叶わなくなった今、日を追うごとに生気が無くなる聖南を知る葉璃が過剰に心配してくれる気持ちは嬉しい。けれど、年上の恋人がそれでいいのかという葛藤もある。  社長の携帯電話を挟んでの会話だけでは、葉璃不足は解消されない。むしろ恋しい気持ちが膨らんでしまった。  だからこそ、二人きりでの通話をしたかった。  ただ声を聞くだけで良かった。  今どこで何をしているのか、葉璃の言葉で伝えてくれれば、安心できた。  今日最後のひと仕事も、葉璃からの『がんばって』で難無く乗り切れる。  欲を言えば抱き締めて全身の匂いを嗅ぎたいところだが、葉璃はすでにこの通話でさえ癒やしをもたらしてくれている。 『その……俺、嬉しいです。こういうの、好きです』 「ん?」 『いえ、なんか、用も無いのにって言い方はおかしいんですけど……。相手のことがそれだけ気になってるから、突然声が聞きたくなったり、話をしたくなったり、するのかなって……。だから嬉しいって言ったんですけど……って、うわ、俺なに言ってるんだろ! やだな、もう……っ』 「…………っ」  ──そうだよ。葉璃、何もおかしくねぇよ。  寒いことを言ったと一人で失笑し、悶絶している葉璃には悪いが、聖南は少しも可笑しくなかった。  その通りだったからだ。  そんな風に自身の発言に慌てふためくところまでがセットなので、ひとしきり葉璃が悶え終わるのを待って、聖南は尊い溜め息を零す。 「……はぁ……。今日も葉璃は俺を萌え死にさせるつもりだな?」 『もえ……? もえ、……』 「葉璃の言う通り。俺は四六時中 葉璃のことばっか考えてっから、常に葉璃が何してるか気になってるし、声が聞きたい、話したいとも思ってる。こういう何気ない電話が嬉しいって言う葉璃が可愛くて可愛くて、電話して良かったって俺も嬉しくなった」  家族との団欒中に聖南を優先した事はもちろん、声が聞けただけで満足した聖南の気持ちは、正しかったのだと思わされた。  そういえば葉璃は、何も用が無くても電話してほしいと聖南に可愛く訴えていた事をも思い出す。  聖南の都合のいい時が自分には分からない。だから聖南の方から連絡してほしい、といじらしく言われ、その時も例に漏れず心臓を撃ち抜かれたのだった。 「嬉しいって言われると、こっちも嬉しくなる。そのぶん会いたい気持ちが強くなっちまうけど、これこそプチ遠距離恋愛だよな。すぐに会えなくても、こうやって葉璃の声が聞けるだけで俺は幸せだ」 『あ、……そ、そうですか。はい……』 「あはは……っ、急に塩対応じゃん」 『いえ違……っ! そうじゃなくて! 聖南さん……聖南さんって、そういう事スラスラっと言いますよね』 「そういう事?」 『お、俺が、ポッて照れるようなことですよ……』 「照れてんだ、今」 『……はい。聖南さん目の前に居たら、ダッシュで逃げたいくらい……照れてます』 「いや逃げんなよ!」 『ふふっ、俺足速いから逃げ切れます』 「だから逃げんなって言ったんだ!」 『あはは……っ』  葉璃の軽口に盛大に突っ込んだ聖南の勢いが可笑しかったのか、電話口でケラケラと笑う楽しげな声に、もはや萌え死んだ。  胸元を押さえ密かに悶える聖南の耳から、全身に癒やしが広がってゆく。  ──あぁ……好きだ。どうしようもねぇくらい好きだ……。  この子をずっと独り占めしていたい。  葉璃と接すると、いつもそんな思いで埋め尽くされる。  だが優しい聖南は、こうしている今も団欒の席で待っているであろう彼の大切な家族の顔が浮かんだ。 「葉璃、そろそろ戻った方がいいんじゃねぇの? 家族待たせてんだろ?」 『あ……でもあと五分だけ……』 「……何、今日は一段とかわいーな? これ以上俺の心臓を撃ち抜くのはやめてくれ」 『ええっ? 撃ち抜いてる自覚は無いんですけど……って、そうだ! 聖南さん、さっき言ってたのどういう意味なんですか?』 「何が?」 『俺、目開けたまま飛んでることありました?』 「あぁ、そっち?」 『え?』  可愛らしい引き止めに二度も遭い、胸元から手を離せないでいた聖南は思いがけない問いにククッと笑った。  てっきり『どうしてあの企画の話を断りたいんですか』と神妙に問われるのかと思ったが、葉璃にとってそれはあまり重要でないらしい。  悟ってくれと言った聖南も、大きな声で年下の恋人に真意を語るのを憚られるので、疑問にだけ答える事にした。 「……あるよ。めちゃめちゃ速く奥を突くと大体気絶するだろ、葉璃。その時よく飛んでる」 『お、お、奥……っ! あ、そういう、……! なんか身に覚えがあるような、ないような……』 「あと葉璃が好きな体位あるじゃん、松葉くずし。あの時も結構飛んでるよ。いいとこに当たんだろうね。てか押し込んで当ててるしな」 『ちょっ、ちょちょ、聖南さんっ! 電話でエッチなこと言わないでください!』 「そんな言ってねぇよ? 葉璃はヤダヤダ怖い怖い言うけど、実はめちゃめちゃ奥が好きって話を膨らませたいとは思ってる」 『なっ、そ、そんなのやめてください! 聖南さん、電話越しだと声がパワーアップしてエッチなんですよ! ドキドキするんで困ります!』 「あはは……っ! じゃあ余計にもっとシたいよ……葉璃」 『うぅーー!! これから店に戻ってごはんなのにっ! どんな顔してたらいいんですか……もう……っ』 「あはは……っ」  ──あぁもう、どうしてくれよう。なんだこのかわいー生き物は。  我が恋人ながら、自分でその話題を振っておいて恥ずかしがっているとは可愛いが過ぎる。  電話越しの聖南の声にドキドキするなど、聞いたことがなかった。  それを言うなら、葉璃もそうだ。  柔らかな声のトーンで存分に癒やしを与えてくれ、自滅して慌てる様子はひどく愛らしく、『あと五分だけ』などと名残惜しさまで滲ませた素直さに、このたった数分の通話だけで聖南の心臓にはハートの付いた矢が何度刺さったか分からない。  愛おしさと共に感謝の気持ちが湧くという、代わりの効かない存在の大きさに、いつもいつも気付かされる。

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