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53❤︎③
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いくら寂しいと嘆いても、日々の仕事が失くなることはない。
公私混同はしないタイプだ、と大口を叩いていられたのは葉璃と出会う前までなので、少々……いやかなり我慢を強いられてはいるが、次から次にこなさなくてはならない仕事が分刻みでやってくるため凹む間がない。
今月のETOILEの新曲発表を皮切りに、来月はCROWNの新曲発表、そして再来月には延期となっていたレイチェルのデビューが控えている。
聖南は来週出演予定のETOILEの新曲告知の場には二度ほど同行する予定で、来月はCROWNとしての活動が活発に、レイチェルのデビュー後は彼女が出演する番組すべてに同行しピアノ伴奏を担わなくてはいけない。
それ以外にも、聖南個人の仕事に加え、来夏以降のスタートを目指しているCROWNの十周年ツアーの企画構想まで関わっていて、私情で落ち込んでいられないほど多忙を極めていた。
「はぁ……」
鬱陶しい密着班が二ヶ月先まで常に聖南にカメラを向けているしで、恒例の溜め息が止まらない。
来月発売の新曲の収録でテレビ局にやって来た聖南は、今日も変わらず聖南を追っている密着班には、楽屋で過ごす時間は撮影を控えるよう伝えている。
聖南一人の現場では構わないが、この手の取材を嫌うアキラとケイタの手前、そこだけは自重してもらった形だ。
つまりリハーサルと本番での撮影は許可したも同然なので、気が休まらない状況に変わりはない。
「お疲れー」
固いパイプ椅子に掛け、長い足を組んで台本を眺めていた聖南は、程無くして楽屋にやって来たアキラに右手を上げて挨拶をする。
「よっ」
「なんだ。ジメジメしてねぇのか」
「はぁ? てか今日は身軽だな、アキラ」
いつもショルダーバッグを肩に掛けて来るアキラが、珍しく手ぶらである。
真面目な彼は、出演するドラマや舞台の台本を常に持ち歩き、暇さえあればそれを黙読するのだ。
プライベートでも役を引き摺る憑依型のケイタとは違い、台本を読み込んで役を練り上げていく建築型のアキラの台本は、見る度にボロボロになっていく。
台詞と流れのすべてを頭に叩き込むため、アキラはほとんどNGを出さないことで有名だ。
「密着入ってるっていうから。今日は要らねぇだろ」
「あぁ、やっぱ気ぃ遣わせたな。悪い」
「なんでセナが謝るんだ。俺も少しは骨休めしないと頭が茹だる」
「それは間違いねぇ」
気の使い方まで男前なアキラに、聖南は緑茶のペットボトルと今日の収録番組の台本を一緒くたに手渡し、ククッと笑った。
聖南と対面する席に掛け、アキラがそれに口をつける。そしてなぜか、半笑いで「で?」と揶揄い混じりの視線を向けられた。
「うさぎちゃんと別居中なんだろ? それなのにキノコ生えてねぇじゃん」
「俺にキノコ生えるっての?」
「正しくは、生えそう、なんだけど」
「ジメジメして?」
「そう」
「ンなわけあるか! ジメジメもしてねぇしキノコも生えねぇよ!」
何度となく聖南と葉璃の惚気喧嘩に巻き込まれているアキラには、別居中のわりに顔色の良い聖南が意外に映ったのだろう。
葉璃不足に陥ると、声を掛けるのも躊躇うほどジメジメと湿気を帯びる聖南を今日も想像していたらしいが、なかなかに揶揄が酷い。
そこまで誇張しなくても、と不貞腐れる聖南と、〝ボス〟の弱った姿さえ笑い飛ばせる実質長男とでは、度量の差が歴然なのであった。
「いやでも案外ケロッとしてて良かったよ。別居、順調?」
「順調ではねぇ。寂しいし苦しいよ。毎日抱き締めて寝てたんだぞ? 寝付きは悪い、寝起きも悪い、仕事のモチベはダダ下がり。とにかく部屋もベッドも広過ぎるんだ。もっとこじんまりした部屋に引っ越したいよ。そうすれば少しは寂しくないだろ?」
「……別居に不満タラタラなのは分かった」
順調でないことは、おそらくアキラも察している。とはいえ聖南がジメジメしていないからこそ、ちょっと揶揄ってみただけのつもりだった。
心の奥底では未だ別居に納得がいっておらず、引っ越したいとすら考えているほど不満だらけだという聖南を、アキラはもう揶揄えなかった。
こうなった聖南を立ち直らせる特効薬が葉璃なので、別居しているとなると状況が一層悪くなり、やや面倒なジメジメが始まる。その状態の聖南をあまり長く放置されると困るため、早めの同棲再開を願うしかない。
「密着取材が終わるまでなんだっけ?」
「いや……そうも言い切れなくなった」
「なんで? 三ヶ月くらいでまた同棲するって言ってなかった?」
「そのつもりだったんだけど、ほら……レイチェルのデビューが控えてんじゃん」
「あぁ、そうだった。別居は密着が入ってるからっつー理由だけじゃなかったんだよな」
「そうなんだよ。何をどう言っても諦めねぇみたいだし、俺らの仲を暴露しそうな雰囲気醸し出してっから安直な行動が出来なくなってな」
「へぇ……そんな手こずってんのか。セナともあろう男が」
どういう意味だ、とアキラを三白眼で睨むもすぐに止め、お構いなしに溜め息を漏らす。
過去に一度、アキラとケイタはレイチェルと対面している。〝おじさま〟を使い、嘘まで吐いてCROWNの面々と食事をしたかった彼女に、三人共が嫌悪感を抱いた。
そのたった一度の対面で、レイチェルは一筋縄ではいかないと、アキラとケイタは聖南の気苦労と状況を察したに違いない。
愛する恋人が居る。好意を持たれても応えてやれない。
この二言で大抵の者は理解し、諦めなくてはという思考にシフトするはずなのだ。
非常にマイルドな断り方がよくないのかもしれないが、彼女のバックには〝おじさま〟が居るので、顔面にストレート球をお見舞いするような言い方は出来ないのが聖南にとって痛かった。
……これまでは。
「いやいや……前に言ったじゃん。うさぎちゃんを追いかけてた時の俺と似てるって。あれはもう暴走と言っていい。誰にも止めらんねぇ」
「でもそれだと二択しか無えぞ。相手の望みを叶えるか、相手を極限まで追い込んで分からせるか」
「俺には後者の一択のみ」
「マジかよ。何か手でもあんの?」
「それがさ、今日いい機会だからお前らには話しときたいんだ。ケイタが来たら聴いてほしい会話の録音がある」
「まさか……」
「そのまさか」
察しのいいアキラは驚いた形相で聖南を見た。
聖南が何かを企んでいる。同棲再開を遅らせてまで〝追い込む〟何かを聖南は画策し、アキラとケイタを共犯者にしようとしている──。
思惑はすぐに察知され、聖南の顔には不敵な笑みが乗った。
アキラは腕時計をチラと見て、『ケイタ早く来い』と念じる。その思いが伝わったのか、聖南がワイヤレスイヤホンを取り出したと同時にCROWNの末っ子が呑気に現れた。
「セナ、アキラ、お疲れー! ……って、また俺最後かぁ。今日の現場ちょっと離れてたんだよねー。あの高速降りたとこが渋滞で……」
「ケイタお疲れ。そこ座れ」
「ケイタお疲れ。とりあえずこれ着けて。左耳」
「えっ!?」
こちらは少し大きめのショルダーバッグ持参で、右手には彼にとってのエネルギーチャージとなる菓子パンが握られていた。
二人はケイタの語りもそこそこに、到着早々に指示を出す。
アキラは隣の椅子を引き、聖南は立ち上がってイヤホンの片方をケイタに差し出した。
「な、なになに? 俺ここ来て二十秒くらいしか経ってな……」
「再生するぞ」
「あぁ」
「再生って何!? 何聴かされんの!?」
「シッ、ケイタ黙って」
訳も分からず着席させられたケイタは、ショルダーバッグを肩に掛けたままコートを脱ぐことさえ許されない。
だが二人の剣幕に圧されキョロキョロと落ち着かない中、とりあえず左耳にイヤホンを装着した。
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