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53❤︎④

 葉璃に聴かせた時とは違い、一度も停止する事無く録音を流し終えた。  聖南は、この二人ならば合間に説明を挟まなくても理解してくれると踏んだ。  無言でイヤホンを返してくる二人からそれを受け取り、味気無いペットボトルのコーヒーに口をつける聖南に、ようやくコートを脱いだケイタが「あのさぁ」と不満を垂れ始めた。 「そりゃ聴けば何となく察するけど、説明も無くいきなりはヒドくない?」 「悪い。リハまで三十分切ってるから」 「だとしてもだよ! ていうか何この女! イラつくなぁ!」 「おいケイタ、落ち着け。セナ、そこの水ケイタに渡してやって」 「……ん。ほら」 「ありがと」  今日の彼のエネルギーチャージは、薄い板チョコが挟み込まれたデニッシュパンだ。  甘そうなそれを三分と経たずに完食し、水をがぶ飲みするケイタを、聖南とアキラは黙って見守った。  重要な録音を聴かせた側の聖南はともかく、アキラは長机に手を付き、いくつかの疑問点を考え込んでいるようだった。 「あの人、まだセナのこと諦めてないんだねぇ」 「あぁ。おまけに俺らの仲を疑ってる」 「……誰かに情報もらってんだろうな。そうとしか考えらんねぇ言い回しだった。社長か?」 「いや、社長は違う。言質取ってる」 「じゃあ誰なの? あの人が関われるって言ったら……事務所の人間?」 「どこかの記者ってとこまでは分かってる」 「記者!」 「記者……」  未だ諦めていない様子がありありと分かる内容に、アキラとケイタは揃って苦い顔で聖南を見た。  歌番組が重なる時期でない限り、生放送のラジオ以外では二人とは滅多に会えない。  そんな二人には、私用のスマホに登録しているプライベートのチャットツールで逐一報告していたので、より理解が早かったのかもしれない。  ささやかな愚痴も添えていたからか、その都度忙しい彼らは時間を割いて励ましの言葉をくれていた。 「──CROWNの皆さーん! スタジオ準備が出来ましたのでリハーサルスタンバイお願いいたしまーす!」 「はーい」 「ん〜」 「ん〜」  慌ただしい女性ADは、ノックと扉の開け閉めも賑やかだった。  読み通り、葉璃が曲解した録音終盤の〝提案〟に二人が躓かなかったのは良いが、そこをもっと掘り下げて話したかった聖南は渋々と立ち上がった。 「もう時間か。……明日のラジオ後、時間取れねぇか?」 「いいよ、もちろん」 「分かった。〝さくら〟予約しとく。うさぎちゃんは来るのか?」 「連れてっていいなら」 「いいよいいよ! むしろ連れて来て!」 「当たり前だろ。久しぶりに会いたい」  ──マジか。やった……。  この話題で、しかも三人での席に葉璃を連れて行くのはどうかと思い口にしなかったのだが、まさかのアキラからその名が出た。  思いがけず葉璃との密会が出来そうな雰囲気である。  彼の都合も聞かなくてはいけないが、予定に入っただけでも嬉しいものは嬉しい。無表情で平静を装ってはいるが、ついスタジオまでの足取りが軽くなってしまう。 「お疲れーっす」 「よろしくお願いしまーす!」 「お疲れっす」  三人はスタジオに入るや、五台ものカメラが並ぶ手前側でスタンバイしているスタッフらに、揃って挨拶をして回った。  CROWNとしてのデビューからは十年、個々では平均二十年もの芸歴を持つ三人は、どこの現場でもこの挨拶は欠かさない。  はじめのうちは媚びへつらっていると反感を買うこともあったが、スターダムを駆け上がった今もデビュー当時と変わらない聖南たちに、悪く言う者は居なくなった。  リハーサルから全力で行い、一度楽屋に退く際も挨拶をする。そして衣装に着替えた三人は、ヘアメイクを施されている間にそこで初めて台本をザッと読んだ。  迎えた本番では、リハーサル時のカメラワークや照明の位置を完璧に把握した文句無しのパフォーマンスをする。  二度も撮らなくていいと判断されることもしばしばあり、今回もCROWNの歌収録は数十分巻きで終えることが出来た。  スタジオセットの後はトーク収録があるので、衣装はそのままに楽屋で一時的に待機を命じられた三人は、各々腰掛けて水分補給に余念が無い。 「ねぇセナ、あの三人が密着の人?」 「そう。楽屋は遠慮してもらってんだけど、リハと本番は撮るからな。……気になるよな」 「別にー。俺中心で撮られてるわけじゃないし平気だよん」  飲みかけの水を飲み干し、新たな水も半分近くがぶ飲みした末っ子は、個包装されたクッキーにまで手を伸ばす。  相変わらずケイタは甘党だな、と聖南とアキラは笑った。 「別腹、別腹〜。しっかり動けば身にならないし〜」 「たしかにケイタは全然太らねぇよな。菓子パンなんて覿面そうじゃん」 「そのぶんガッツリ動いてるからねぇ」  感心する聖南に屈託なく微笑むケイタの両手には、食べかけのクッキーと死守したチョコレートが握られている。  楽屋は遠慮してくれている密着スタッフらは、本当にリハーサルからスタジオの隅を陣取っていた。  当然ながら番組側との交渉も抜かりないようで、同業故に収録の邪魔になるような撮り方はしていなかったのだが、やはり二人は気になる様子だ。 「引き受けなきゃって事情は分かるんだけど、セナも大変だね。あんな風にずっとついて来るんでしょ?」 「まぁな」 「ああいうの一番イヤがるよな、ケイタ」 「そうそう、平気とか言ってな。人当たり良いのに滅多に心開かねぇし」 「分かる。ニコニコしといて振り返ったら一瞬で真顔になる、みたいな」 「広く浅くの典型だからな、ケイタ」 「昔からだよな。性格めっちゃ良いし、素直だし、家事もそこそこやれるらしいし、沸点低いし、金持ってるし、……でもなんか恋人出来ても大事にしなさそう」 「あはは……っ、ヤバ。わかりみしかない」  菓子を貪るケイタの隣で、聖南とアキラは好き勝手を言い始めた。  密着取材が嫌いという話から、なぜか彼の人となりに話題が移っている。  笑顔を振りまき、愛嬌があって懐っこい印象のあるケイタは、一方で他人とは大きな線を引いている。聖南とアキラが知る限り、少なくとも幼い頃はそうではなかった。  心を許した者にしか腹の内を見せないケイタは、CROWNとしてデビューし、成長するに従って線引きを覚えてからの方がミステリアスな魅力が増したのだ。  よって二人のそれは、嘲笑の類ではない。 「ねぇ〜、俺そんな軽薄な男に見える?」 「軽薄とは違うな」 「あぁ、違う」 「じゃあ何なんだよー! すっごいモヤっとするじゃん! 見方変えたら悪口だよ!?」 「悪口じゃねぇよ」 「アキラと俺はそんな堂々と本人目の前にして悪口言わねぇし」 「それを言うならセナだってそうじゃーん。うさぎちゃん現れるまで、だけど。俺以上に軽薄な男だったでしょ」 「……たしかに。セナはケイタのこと言えねぇ」 「おい。それは悪口だろ」 「悪口じゃないもーん」 「悪口じゃねぇ」  軽口を叩き合う三人は、互いを知り過ぎていた。  再び呼び込みに来た女性ADがたじろぐほど言い合い、笑い合うCROWNの楽屋は、他のアイドルグループとはひと味違う。  業界を熟知した聖南たちだからこそ醸し出す、アットホームかつ独特な雰囲気で一線を画す〝CROWN〟というアーティストの立派な待機場なのだ。

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