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今年の七月でデビューから三年目を迎えるETOILEも、もはや売れっ子アイドルの仲間入りを果たしている。
ETOILEとしてのアーティスト活動はもちろんの事、バラエティー番組や専属モデル、最近では大手化粧品メーカーのCMにまで起用された〝ハル〟は、CROWNのラジオ番組に飛び入り出演しても何らおかしくない人気者と言っていい。
隔週放送のラジオ番組の現場にやって来た聖南は、密着取材さえ無ければ葉璃も連れて共に来たかったと苦虫を噛み潰す。
怪しまれるような行動は極力慎まなければならない現状が本当に腹立たしいけれど、この後のことを思えばそれも許容出来る。
年季の入った長机に綺麗に三列積まれた大量のハガキを一瞥し、すぐにコートを脱いで仕事にかかった。
昨夜、恒例の通話をした際の事が頭をよぎり、本番で読むハガキを選別する聖南は分かりやすくニヤけながら、ではあるが。
… … …
「──っつーわけで、明日ラジオ終わりにメシ行かね?」
『えっ!? それって俺は行かない方が……』
サクッと事情を説明した後、聖南が葉璃にそう誘いをかけてみた。だが彼は、CROWNの三人が揃うのは稀だという事を知っていて、邪魔ではないのかと遠慮を滲ませた。
「二人も葉璃に会いたがってたよ」
『えぇっ? そ、そうなんですか? そりゃあ……俺もアキラさんとケイタさんに会いたいですけど……』
「無理にとは言わねぇよ。葉璃に任せる」
『うーん……』
歌番組が重なっていた年末年始はかなり頻繁に会えていた二人とも、時期によっては顔を合わせる機会がめっきり減ってしまう。
葉璃のCM撮影の応援に駆け付けてくれたアキラとケイタは、その時も仕事のスケジュールを動かしてやや強引に激励にやって来たのだった。
聖南でさえもあまり会えない二人が、葉璃を連れて来てほしいと言ったのだから遠慮の必要は無い。
悩む葉璃に決断を委ねた聖南は、しばらく『うーん』と可愛く唸る声に耳を傾けていた。
『あの、……ごはん食べて行っていいですか?』
「ん、……ん?」
葉璃は出会った時から、いじらしいほどに控えめな子である。聖南たち三人の食事の席を邪魔してはいけないと、そういう意味で唸っているのだろうと思ったのだが、どうも趣きが違う。
予想外なことを言われ目が点になった聖南はその時、就寝前のゆったりとした心地で自身のベッドに腰掛けていた。
『いえ、あの……ラジオ終わりってことは、ごはんは十一時過ぎますよね? お腹空いちゃうんで……そこまで待てないので……』
「……っ、あはは……っ」
『えっ、なんで笑うんですか!』
葉璃は確かに、遠慮がちではあった。
だが不意打ちでそういう答えが返ってくるとは思いもせず、込み上げてくる笑いを止められなかった。
戸惑う葉璃の『え?』も可笑しく、聖南は腹を抱えて爆笑した。
「あはは……っ」
『聖南さん! 笑い過ぎですよ!』
「はぁ……っ、あぁ……ウケる。……あはは……っ」
『聖南さん!』
おそらく、三人の席に遠慮したのは間違いない。ただそれよりも、晩の食事量が半端ではない葉璃は、食事の時間が遅い事の方に天秤が傾いてしまった。
自分の魅力に無頓着なばかりか、まるでそうは見えない大食漢な聖南の恋人は食い気に走ったのだ。
そんな飾らない葉璃が、たまらなく可愛いと思った。
逆を言えば、聖南に遠慮が無くなったからこその発言のように思える。
「はぁ、はぁ、マジで最高。それでこそ俺の葉璃だ」
『バカにしてるー!』
「してねぇよ。……いやいや、そりゃそうだ。待てねぇよな、晩メシにしちゃ遅いもんな」
『……っ、……待てないです』
「あはは……っ、やめてくれ! 脇腹痛え!」
『そこまで笑います!?』
「葉璃が笑わせてくんだろ!」
『笑わせてないですよ! 十一時までごはん待てないって言っただけじゃないですか!』
「あはははは……っ」
『…………っ』
もうやめてくれ、と涙を拭いながら言う聖南は、ベッド端に掛けていたはずがゴロリと床に落ちて蹲っていた。
葉璃と話していると、爆笑させられ脇腹をよくよく攣らせる事がある。
とはいえ今日は、ここ何年かで一番笑ったかもしれなかった。
嬉しい気持ち、愛おしい気持ち、純粋に可笑しい気持ち、様々な感情が聖南の心を大波で襲うのだから、とてもジッとしてなどいられない。
「はぁ、疲れた。癒やされた。どうしてくれんの。感情忙しいっつの」
『知らないですよっ』
笑い転げている聖南の通話先では、クスリともしていない葉璃が大真面目に突っ込みを入れる。
爆笑される理由が分からない葉璃は、今も口をバッテンにして膨れているのだろう。
今すぐに抱き締めてその唇を奪いたいと、溢れ出る涙を拭った聖南はヨロヨロと立ち上がった。
気持ちを切り替えなければ、話にならない。
重要な話をするための食事の席も大事だが、その後の密会も聖南にとっては後回しにしておけない事項だ。
「ふぅ……。それで、来る?」
『……行きます。行ってもいいなら……』
「よし、決まりな。そのあとは家おいで」
『えっ!? 家って、聖南さんの?』
「そう」
『で、でもそれは危険じゃ……』
「一日泊まるくらいなら何とでも言える。葉璃のまま来て、葉璃のまま仕事に向かえばいい。その方が逆に怪しまれねぇよ」
『ほんとに大丈夫なんですか……?』
「さぁ?」
『さ、さぁって……!』
せっかくこちらに来てくれるなら、広過ぎるベッドで一緒に眠りたいと我儘を思った聖南だが、実は一つ思惑がある。
〝葉璃のまま〟で聖南宅に来させる理由は言わずもがなで、葉璃は件の記者を危惧しているのだろうが、聖南はさらにそれを逆手に取るつもりなのだ。
ただ、あえて葉璃には伝えなかった。
聖南の言った台詞で納得してもらえたのなら、その方が難しく考えなくて良い。
それよりも葉璃には、余計な事は考えず聖南との密会にワクワクしていてほしい。
「葉璃、準備して来るなよ」
『準備? あっ、お泊まりセットとか必要ですよね? 全部こっちに持って帰ってきてるし……。えっ、でも準備して来るなって……んん?』
「葉璃。準備、して来るなよ」
『え、だからその意味が……あっ!』
「分かった?」
『わか、分かりたくないですけど、分かりました……。でも、でも、自分でしますからねっ? 聖南さんには見せないですからねっ?』
「なんでだよ。楽しみにしてんのに」
『この間も言いましたけど、久しぶりの聖南さんは心臓に悪いんですよ! あ、あ、洗ってるのなんて見られたら……恥ずかしくて死んじゃいますから……!』
「その恥ずかしがってるの込みで楽しみなんだよ。その楽しみ奪われたら聖南さんが死んじゃう」
『そんな……っ! 聖南さん卑怯ですよ!』
「なんとでも。葉璃、愛してるよ」
前回の密会では、聖南の寝落ちで不甲斐ないところを晒してしまったので、出来るだけ挽回したい聖南である。
葉璃の嫌がる事はしない。だが一言愛を囁くと、大好きでいてくれる恋人はすぐに聖南を甘やかしてしまう。
恥ずかしいところも情けないところも、すべてを曝け出せる間柄で居たい聖南の想いに、きちんと乗っかってくれる。
『うぅ……! 俺も、……大好きです……むぅ』
聖南は葉璃に甘い。けれど葉璃も大概だ。
この世のものとは思えないほどに可愛い膨れっ面をこの目で拝めなかったのが、非常に残念である。
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