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53❤︎⑥
… … …
「──回想は終わったかー?」
「……っ!? 痛って……」
突然声を掛けられた聖南は驚いて上体をビクつかせ、その拍子に組んでいた足を机にぶつけた。
膝頭を擦る聖南を面白そうに見やるアキラが、いつの間にか大量のハガキの選別に加わっている。
昨夜の楽しい会話に浸っていた自覚はあったが、一番乗りを良い事に瞼を閉じて真剣に葉璃の姿を思い浮かべていた聖南は、仕事をおざなりにしてしまった。しかも人の気配や物音に気付かぬとは、相当に腑抜けている。
「いつ来たんだよ。驚くじゃねぇか」
「見りゃ分かんだろ。今だよ、今。寝てんのかと思ったらニタニタしてるし」
「寝てねぇよ。……回想はしてたけど」
「フッ、回想は当たってたのか」
指摘しなくとも分かるだろ、と苦笑を浮かべながら、聖南は本番前のひと仕事に注力する。
前回のラジオで応募したテーマに沿った大量のハガキやメールが届くため、それを目視で一つずつ確認する作業は本来なら一時間では足りない。
だからといって、CROWNの三人に読んでほしいとリスナーがそれぞれの時間を割いた大切な便りは、おざなりにしてはいけなかった。
この後のあれこれは、ひとまず考えないようにしなければ。と思いつつ、公私混同を自らで制御する術はなかなかに難しいと、苦笑を濃くする。
「……隣の部屋から声したな。あれ密着?」
「そ。ブース入ったらサブからカメラ向けられるぞ。覚悟しとけ」
「何の覚悟だよ」
ハガキに視線は落ちたまま、アキラがふと笑った。
今日もケイタはドラマの撮影で遅れると連絡が入っていたので、たった今廊下を駆ける足音はおそらく疲労困憊の末っ子だろう。
聖南が顔を上げた瞬間、バタンッと大きな音を立てて入って来たのは、やはりケイタだった。
「お疲れ〜! はぁ、もう疲れたぁ。この仕事が最後で良かったよ〜」
「お疲れケイタ」
「おっす、ケイタ」
二人に会うとホッとするー、と破顔したケイタは、聖南とアキラの顔を順に見て胸元を擦った。
到着早々にショルダーバッグからノートパソコンを取り出し、すぐさま電源を入れて操作を始めるその間に荒々しくコートを脱ぐ彼は、やけに疲労の色が濃い。
ケイタの様子がいつもと違うと感じた二人は、揃って「どうした?」と声を掛けた。
「ふぅ。もう聞いてよ、今日現場で監督と主役の長野さんがバチバチやり合っちゃってさぁ」
「バチバチ?」
「やり合った?」
「そうそう。長野さんのシーンで監督が何回もカットかけてて、長野さんブチ切れ。要求されてることが分からない!って泣き出しちゃって大変だったんだよ」
「長野って……清純派で売ってるあの長野さゆり? ブチ切れてるとこ想像出来ねぇな。アキラ共演したことあった、よな?」
「あぁ……」
アーティスト枠での活動が主な聖南は、俳優とはあまり関わりがないとはいえ有名どころは名前くらいは知っている。
だがこの特殊な業界は、どうしても事務所の売り出し方針によるイメージが先行する。そのため実際がどんな人物かまでは分からない。
長野という女優はかなり清純派としてのイメージが強く、監督に意見した、ましてやブチ切れたというのが聖南はどうにも想像できなかった。
共演経験があるアキラに問うと、読み終えたハガキを束にし、顔を上げてケイタを見た。
「ケイタ、今やってるドラマの監督って名前は?」
「監督は……藤川さんだよ」
「あーなるほど。その二人付き合ってるって噂あんだよな」
「えぇ!? そうなの!?」
「監督と女優……年の差は大体十五くらいか。まぁ無くはないな」
「えー……全然気付かなかった……。でもなんか、そう言われてみると親密だったかも。長野さん途中タメ口でキレてたから、うわそんな我を忘れるくらいなのってビックリしたの思い出した」
「痴話喧嘩じゃねぇの? シーンによっては監督の私情挟むこともあるだろ。監督の機嫌で理不尽なNGなんかはよくある話じゃん。ちゃんと仕事しろって感じだけど」
「あるあるー! 俺はあんま被害無いから分かんないけど、新人の子とかは特に標的になりやすいよねぇ。監督が高圧的だと助監も萎縮しちゃって円滑に回らなくなるしー」
アイドルと役者の二足のわらじを履く二人は、幼い頃から培ってきた現場の雰囲気を読む力に長けている。
早熟とまではいかないかもしれないが、鈍感なままただ淡々と役をこなすだけではないからこそ、二人は休み無く演技の仕事を続けていられる。
その現場では良くも悪くも様々な場面に遭遇するようで、聖南には分かり得ない気苦労が二人を神妙にさせた。
「芝居の現場も大変だな」
自分の実力に限界を感じ、早々と見切りをつけた聖南も完全に当時を忘れたわけではないけれど、幼かった故に優遇される事は度々あった。
成長に伴い、求められるものが変わってくる。より真摯に役と向き合い、演技の幅や表現力を身につけ、向上心とプロ意識を持たなければ次の仕事はこなくなる。
台詞を覚える事、そしてそれになりきる事が不得手だと気付き、このまま続けていても視聴者を納得させられないと悟った聖南は、順調に役者の道を邁進しているアキラとケイタをとても尊敬していた。
だが二人もまた、自分たちでは出来ない仕事をほぼ断る事なくやってのける〝ボス〟に感服している。
「そう言うセナもね。今日も密着来てるんでしょ?」
「あぁ、隣に居る」
「期間はあとどれくらいなんだっけ?」
「二ヶ月」
「うへぇっ。二ヶ月かぁ。……頑張れセナ」
「イヤだ、って言いたい」
「フッ。三月まで撮って四月半ばに放送らしいじゃん? 編集チーム過労でぶっ倒れるんじゃねぇの。うさぎちゃんのCMですら放送まで二ヶ月ちょいあんのに」
「えー! そんな近々に放送するの!? よっぽどセナの密着は需要があるんだねぇ」
「そういう事だろうな」
「あ、ていうか今日うさぎちゃん来るよね?」
「あぁ、来るよ」
本番十分前。話題は葉璃に代わり、ブースへの移動のギリギリまでリスナーからの便りを吟味する三人の手は、会話中であっても止まらない。
三人共が、マルチタスクが可能な粒揃いである。
「そっか。嬉しいな。一ヶ月に一度は会わなきゃ落ち着かないんだよね」
「分かる。俺も今日会えると思って一日そわそわしてた」
「アキラも!? 意外!」
「……分かってたけど、お前らどこがそんなに気に入ってんだ?」
彼らの葉璃への愛情は、決してやましいものではないというのは見ていれば分かる。
純粋な疑問が湧いたのだ。
自分は、もしも将来彼らに大切な者が出来た時、果たしてそこまでの愛着を持てるのだろうか、と。
「目の保養、かなぁ」
「癒やし」
「最近グッと色気増したじゃん? たまにドキッとしちゃうくらい。しかもあんなに可愛いのに男の子(小声)だなんて背徳感えぐ過ぎ。セナが羨ましいと思うこと多々あるよ」
「高飛車だったりプライド激高でも許される見た目してんのに、あの性格だからな。あれはやられるって。あんま見るなって言いたくなる」
「そうなんだよね! 最初は全然目合わせてくれなかったじゃん? でも慣れた途端ジーッと見つめてくるんだもん!」
「ヤバイよな、あの目。笑顔たまんねぇし」
「未だに信じらんないよ。あんな華奢な子をセナが何時間も拘束してるだなんて」
「まったくだ。でも離したくない気持ちは分かる」
二人は口々に、自身の思いを語った。
本番五分前。
示し合わせたように、三人は一斉に立ち上がる。
閉じたノートパソコンを手にしたケイタが一番に動き出し、厳選したハガキを五枚持ったアキラは三人分の水分を、聖南は三冊の台本を小脇に挟んだ。
しかし聖南の眉間は少々険しい。
「二人が話してるのって俺のうさぎちゃんの事だよな? 他でもないお前らが気に入ってくれてんのは嬉しいけど、度が過ぎてねぇか?」
「えー? そうかなぁ?」
「どこが度が過ぎてんだ。さっぱり分かんねぇ」
「……あ、そ」
二人の背中を見つめた聖南の心境は、何とも複雑である。
そこには本当に恋愛感情は無いのかと問い質すのも馬鹿らしいほど、清い愛情を葉璃に向ける者が聖南の周囲に四人も居るのは、少しばかりどうかと思うのだ。
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