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53❤︎⑦

❤︎ ❤︎ ❤︎  ラジオ終了後、聖南たち三人は約三十分の打ち合わせを終え、密着班の帰りを完全に見送ってからそれぞれの愛車で料亭〝さくら〟に向かった。  葉璃には昨日のうちから時間指定のタクシーでこちらに向かうよう伝えており、約一時間かけてはるばるやって来る予定である。  今日アキラが予約した個室は離れ家のような造りで、いつも通される個室よりも防音性の高い、世間とは完全に遮断された特別な空間だった。  元々それほど大衆的な料亭ではないのだが、聖南の重要な話は此処がベストだろうと、予約を買って出たアキラが気を利かせてくれたのだ。  すでに用意されていた見事な会席料理を前に、聖南は葉璃の到着を待って二人にもプランについてを話そうと決めている。  信頼出来る二人にはすべて話しておきたかったというのもあるが、もう一つ。今後ヒナタの正体を世間に明かす際に、二人の理解と協力が必須になる。  忙しい彼らに時間を作ってくれと言った聖南の本当の思惑は、まだ葉璃の知らぬところだ。 「お疲れさま、です……」  三人の到着から十分も経たずして、葉璃の小さな声とノックの後、分厚い引き戸がスーッと開いた。  その性格を表すかのように十五センチほど開いた戸は止まり、覗きスタイルでこちらを見ている。 「あっ、ハル君だ! お疲れー!」 「お疲れ、ハル」 「葉璃、こっち」  お決まりの根暗な登場に笑いながら、三人ともが手招きをして葉璃を呼んだ。  アキラとケイタが並んで掛けているため、必然的に葉璃は聖南の隣に落ち着く。会えて嬉しいばかりの聖南はまさしく葉璃を凝視しているが、目の前の二人もなぜか目尻を下げていた。 「葉璃、お疲れ。金足りた?」 「足りましたよ。ていうか送ってくれたお金、多過ぎます。返したいんですけど」 「持っとけよ。最近は電子マネーが主流だって葉璃が言ったんだぞ。タクシーも電子マネーでいけるとは知らなかった」 「……そうですけど……」 「そもそも、俺が渡すまでお金ちょうだいってなかなか言ってこねぇし。普段どうしてんの?」 「そう言われても……。仕事場には食べ物も飲み物も用意してもらえてるし……あんまり使わないから減らなくて」 「もっと要求してこいよ。欲しいもんとか無えの?」 「無いです。美味しいごはんさえ食べられれば、何も要らないです」 「はぁ……。欲が無さ過ぎる……かわいー……」  売れっ子になる前とまったく変わらない価値観を持つ恋人は、あまりにも無欲だった。  頭を抱える可愛さに聖南は静かに悶え、葉璃の肩を抱き寄せてよしよしと撫でる。  されるがままの葉璃は、夕飯を済ませて来ると言っていたはずが目の前の豪華な会席料理に釘付けである。  ここはうっとりと聖南を見上げ、目の前の二人に見せつけてやるくらいであって良いと思うのだが、食い気に走っている葉璃は自分の分も用意されている事に目を輝かせている。 「ほんとにね。強欲な人ばっかの世界で、こんなに無欲な子はめずらしいよ」 「「お金ちょうだい」って何だ? ハルはセナからの小遣い制なのか?」 「俺が葉璃の通帳を管理してんだよ。別居してんのにまだ俺が葉璃の通帳預かってる」 「へぇ〜なんで?」 「葉璃はひとり暮らし経験が無えから、生活にどのくらい金がかかるとかが分かんねぇんだと。それで、同棲する時に葉璃ママに葉璃の金管理頼まれたんだ。税金関係も俺の税理士に頼めるし」 「そういう事かぁ。でもそれと「お金ちょうだい」は繋がらなくない?」 「小遣い制なら俺が渡してもいいのか?」 「はぁ?」  やたらと葉璃に施したがるアキラはさておき、聖南はケイタの疑問には答えてやった。  同棲を始めてすぐの頃、旦那風を吹かせ金の管理を葉璃に任せたいと申し出たところ、全力で断られたあげく逆に聖南にお願いしたいと彼の母直々に頼まれた事を、掻い摘んで説明する。  常に聖南がそばに居られるわけではないので、必要なものや欲しいものが悩まず手に入れられるよう、葉璃にはいつでも「聖南さんお金ちょうだい」と言えと伝えていた。  通帳を預かっていると言っても、聖南は彼の口座から金を動かした事など一度も無く、すべて聖南のポケットマネーなので気兼ねしてほしくなかった。  デビュー直後からじわじわと着実に稼ぎ始めた彼の口座の残高は、増える一方なのである。  しかし葉璃は、聖南が放っておくといつまでも要求してこない。いよいよ財布の中身が寂しくなった時、「今日千円ください」などと小学生の小遣い程度を要求される。  その度に聖南は爆笑しながら数枚の万札を渡すのだが、葉璃は毎度良い顔で受け取ってくれない。  「もっと小さいのがいいです、何なら小銭でも」などという控えめを通り越した発言には、さすがの聖南も未だにどう返すのが正解か分からないが、その飾り気のなさがまた魅力的だとも思う。 「セナ、そんなにたくさん電子マネー送ったの?」 「そうなんです。ここまでのタクシー代にって電子マネーに十万円も送ってきたんですよ。目玉飛び出ました」  むっと唇を尖らせながら言う葉璃に、三人は食事も忘れてしばし見惚れた。  顔面の可愛らしさもさる事ながら、まるで売れっ子アイドルとは思えない発言がとても新鮮だったのだ。 「ハル、十万なんて普通だ。何なら当たり前」 「うんうん。ハル君のお家からだとそのくらい送ってもおかしくないよ。足りなかったら恥ずかしい思いしちゃうでしょ?」 「そうだそうだ。アキラ、ケイタ、もっと言ってくれ」 「それにしても多過ぎますよ!」  流行りの電子マネーでタクシーも乗れると知った聖南が、葉璃に交通費として十万円を送ったのは確かだが、あくまでも余ることを見越しての額だ。  聖南とはなかなか会えない状況で、実家には一時的に帰宅しているに過ぎない葉璃は、親にも頼りづらいだろう。  スマホ一つで決済が出来る店舗や自販機が目立つようになり、何かと便利な世の中になった。無欲過ぎる恋人へ、これからは不定期に現金を送りまくる事が出来る。  返し方が分からないと嘆いているうちに、限度額いっぱい送っておくのも手かもしれない。  膨れながらも目前の料理に手を付けたそうな葉璃に、聖南は「食っていいよ」と告げると、ここへ来てようやくニコッと微笑んでくれた。 「そういやハルは免許どうすんだ? 車と免許は俺が出すって言っただろ。今は時期的に混むだろうから、空いてる時期に恭也と取っちまうか?」 「え? ……免許? 車……?」 「なんだ、そんなの俺聞いてねぇけど」 「あー……アキラ、まだあの話忘れてなかったの?」 「なんだよ。何の話だ、免許って」 「あはは……っ、アキラって親戚の親切なおじさんみたいだよね。免許代出すーとか小遣い渡すーとか」 「誰がおじさんだ。せめてお兄さんだろ、お兄さん」 「親切な、って言ったよ」 「重要なのはそこじゃねぇ」  親戚のおじさん……否、〝お兄さん〟の言い草は、以前にもそんな話を葉璃と交わしたかのようだ。  いただきます、と手を合わせて首を傾げている葉璃は、何の事だかまったく分かっていなさそうだが、ケイタがその理由を話してくれた。  ETOILEの初お披露目としてCROWNのライブに同行した際、大事な日の前日に聖南と葉璃を同室には出来ないと社長からお達しがあった。成田のやらかしで意味を成さなかったロシアンたこ焼きの結果、アキラ、ケイタ、葉璃の三人が同室となり、その際の会話らしいのだが、当の葉璃は寝ぼけていて覚えていないという。 「……いやそういうのは俺が出すから。ていうか葉璃は免許必要無えよ。俺が居るんだし」 「自分で運転できた方がいいだろ。恭也もハルも単独の仕事あるんだから」 「そりゃそうだけど……」  何言ってんだ、とアキラを見やったその時、聖南の胸ポケットが振動した。プライベートで使用するスマホはスラックスのポケットなので、今振動しているのは仕事用の方だ。  時刻は十一時半近く。よほど大事な用件でもあるのかもしれないと、聖南は着信相手を成田だと思い込んで反射的にスマホを取り出し、相手を確認した。

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