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55❤︎⑤
「あ、それだったら見れるかも」
「え!? ほんまっすか!? ほんまのほんまに!?」
泣きの一回を聖南も葉璃に頼まなくてはいけないので糠喜びさせてはいけないのだが、立ち上がって聖南の肩を揺さぶるほど興奮しているルイは、その表情だけでも喜びを爆発させた。
思えばルイには酷な事を知られてしまったと、今でも罪悪感を抱いている聖南だ。
ヒナタの事が好きだと公言し、出待ちまでしてお近付きになろうとした彼女の正体を知った時、ルイは決して取り乱しはしなかったが激しく動揺していたように見えた。
同時に、落胆もしただろう。
ヒナタの正体が葉璃だと知り、その彼にはすでに聖南という恋人が居るからにはどうあがいてもルイの恋が実る事は無いのだ。
聖南が不安視していたのは、ヒナタへの想いがそのまま葉璃へ引き継がれる事で、ルイがストレートであろうがそれは関係無いと言い切れる。
他でもない聖南が、葉璃に夢中になっているのだ。
性別などどうでもいいと言わしめる恋心を燃やされては、聖南の不安心は膨れ上がる一方だった。
それを彼は、自分の中でうまく消化しようとしてくれている。真実を知って大きく開いた傷口は未だ塞がってはいないらしいが、大っぴらに傷心である事を匂わせないところも、弱味を見せたがらないルイらしい。
「まぁ、まだ不確定だけど。ほんまに」
「……セナさんの方言キュンや……使い方ちゃうけど……」
せめて場の空気が重くならないよう配慮したつもりだったが、何やら恥をかいた。
だがルイは、ヒナタに会えるラストチャンスの可能性に胸を踊らせていて、意味合いの違う聖南の照れ顔を見過ごしている。
そこでふと、ルイから視線を外した聖南は思った。
──そういえばルイの加入発表って七月だっけ。……七月、か……。
社長に話した聖南の計画には当然ルイも加担してもらうつもりだったが、件の特番生放送の予定日は六月下旬である。
ETOILEの新メンバーの加入発表は、デビュー会見のような畏まった場を設けない予定だと聞いていた聖南は、新たな問題に直面した。
これに関しては、ETOILEを影で支える事務所のスタッフにも話を通さねばならない。
そうなると、これまで極秘事項であったヒナタの件を他者に打ち明けなくてはいけない事になり、内々で進めたかった計画が外部に漏れる恐れも否定出来ないという事になる。
計画を知る者は、出来るだけ最小限に留めたい。
──どうっすかなぁ……。
スタッフに話を通すか、通すまいか、どちらがより安牌かを真剣に考え込む聖南の耳に、扉の外を歩む足音が聞こえた。
「お、戻って来た」
ガチャ、と扉が開いたと同時、ヘアメイクで完璧なアイドルとなった二人へルイが手を振った。
扉の方を見ていた聖南も、一気に垢抜けた葉璃を見て目尻を下げる。
デザイン揃いのスーツに身を包んだ二人は、赤と青のイメージカラー通りやはり対の印象が強い。
僅かにメイクを施された恭也は、役者の顔も持つためかキリッとした男らしい風姿に仕上がっており、葉璃はというとこちらはいつもの如くかなり中性的に仕上げられている。
メイクはそれほど施されていないようだが、元々の顔立ちが女性寄りだからか、ふわりといい匂いがしそうな華のある印象になった。
色合いや姿から、可愛らしいと表現される事の多い葉璃の一番の武器である力強い瞳を見詰めていると、ついつい自身の体が引き込まれそうになる。
……というのは聖南の妄想で、若干怒った顔の葉璃がどんどんと近付いて来ているだけに過ぎなかった。
「聖南さん、なんで春香にもたくさんお金送ったんですか?」
「何や、なんの話? ハルポンどうしたん」
本番開始まで約三十分というところ。
もうじき恒例のぷるぷるが始まる頃合いだが、戻って来て早々に聖南に近寄った葉璃は表情だけでなく本当に怒っていた。
メイク前はひっしと抱き合うほどに熱々だったというのに、メイクを施された途端に聖南にキレている葉璃を、ルイも過剰に心配している。
一方葉璃と共に戻った恭也は、おそらく葉璃の怒りの原因を知っていて、知らん顔ながら面白そうに二人を眺めた。
「あぁ、その話か。春香にはちゃんと説明しといたぞ。葉璃が名無しちゃんで来る時用に服買っといてほしいから、電子マネーで金送るって」
「だからってニ十万円もですか!?」
「やっぱ足りねぇか? とりあえず一セット十万計算で二セット頼んだんだけど、少ねぇよな? だよなぁ、ギリギリはよくねぇから追加でもう二十送ろ……」
「ちょっ、ちょちょちょちょっ! やめてください!」
大真面目にスマホを取り出した聖南の腕を、葉璃がガシッと掴んで阻止した。
聖南はここへ来る道中に春香と短い通話をしていて、それが原因で葉璃を怒らせてしまったようだが、必要経費だと思っている。
外で会う際は〝名無しちゃん〟でやって来るのだとしたら、新たに服を新調するしかないだろう。
どんな系統でもいい、買いに行くのは時間が空いたらで構わない、と矢継ぎ早に伝えると、葉璃に〝名無しちゃん〟メイクを施した春香は嬉しそうに「任せてください!」と気持ちの良い返事をくれたのだ。
それに気を良くした聖南が、この楽屋に向かうまでの間に春香のスマホに電子マネーを送金した。……と、葉璃の背後で顛末を探っていたルイは理解した。
腕を掴まれて嬉しそうな聖南には、なぜ葉璃がこんなにも怒っているのかがあまり伝わっていない。
それどころか、またもや惚気のような言い合いを始める。
「聖南さん、俺にお金使い過ぎです! 上下揃えてもそんなにかかるわけないじゃないですか! ていうか新しく買わなくても春香の借りればいいし……!」
「それはダメ。汚れるから結局買い直す事になる」
「俺そんな汚さないですよっ? 食べこぼしも少ない方だしっ」
「いやそういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう……っ」
「葉璃、言わなくても、分かるでしょ」
「えっ?」
「汚してまうやろなぁ、熱々なお二人さんなら」
「えっ!?」
聖南だけでなく、恭也とルイからもそう言われ、三人の顔を順に見た葉璃は固まった。
春香の私服を借りればいいというのは分かるが、愛し合う恋人との密会ではそういうわけにはいかないのである。
特別な日でもない限り聖南からの施しを良しとしない葉璃は、聖南に続いた恭也とルイの発言を噛み砕くのに時間がかかった。
「…………っ」
「分かったようやな」
「ふふっ、可愛い。耳まで、真っ赤……」
借り物の春香の私服が汚れてしまうかもしれない理由にたどり着いた瞬間、葉璃は聖南を見詰めて何とも言えない表情になった。
さらに顔面は羞恥で真っ赤に染まり、まるで一度もそういう経験が無いような初な反応をしてくれる葉璃に、聖南の微笑みは濃くなる。
「だ、だからって、送り過ぎだってことが言いたいんですっ! ただでさえ俺、いっぱい貢いでもらってるのに!」
「あはは……っ、言い方なんとかならねぇ?」
「だって、だって……っ! 春香も驚いてましたよっ? どうしたらいいのって、慌てて俺に電話してきたくらいですもん!」
「そんな慌てるような額か? 多いって言うなら春香も好きなもん買ったらいいんだよ。世話になってるし」
「そういう問題じゃないんです!」
「じゃあ家族でメシ行くとか? だったら足んなくなるじゃん。やっぱ追加で……」
「聖南さんっ!?」
「分かった分かった、そんな怒んなよ」
春香への電子マネー送金は理由があっての事で、聖南は何ら悪いと思っていなかった。むしろ我が都合で春香の時間を割いてしまうのだから、多く送り過ぎたというのであれば好きに使ってくれていいと本気で思っている。
プンプンと漫画のように怒る葉璃を宥めるため、聖南は立ち上がって迷わず抱き締めた。
華奢な背中を衣装の上から擦りながら、「分かったから落ち着け」と言うも、鼻息しか返ってこない。
この分では、春香に送るついでにと葉璃へも送金した事がバレた時、どんな反応をされるか分かったものではない。
幼い頃から金にだけまったく困らなかった聖南は、どうしても金銭感覚が世間一般とはズレている。
愛する葉璃へはもちろん、葉璃の家族にももっと施したい聖南のそんな思いは、あまり口にしないほうが良さそうだという事だけは何となく悟ったのだが。
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