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56★⑤

★ ★ ★  新曲のプロモーションを兼ねた音楽雑誌の取材は、インタビュー掲載ページ用にスチール撮影も入っていた。  俺達の衣装諸々で大荷物の林さんに手を貸そうとすると、「これくらいさせて!」とマネージャー業務に意欲を燃やされ、渋々と手ぶらでスタジオ入りし、それから約四時間後。  十九時を少し過ぎた頃に、ようやく今日の仕事がすべて終わった。  やっぱり撮影まで入ると長丁場になる。  ヘアメイクから衣装直し、アングルチェックとテストシュートで確認後のOKで、やっと本撮り。これだけで二時間はかかる。  俺と葉璃は、それぞれ一社ずつまったく違う雑誌の専属モデルを担っているから、撮影の流れなんかで戸惑うことはほとんど無かった。  だから取材含めての撮りで四時間は、巻いた方だ。  それに俺は、葉璃とのスチール撮影は楽しくて仕方が無い時間だったりする。  求められるポージングのほとんどが、いわゆるそういう層にウケそうなもの。  雑誌に掲載されるのは多くて四枚らしいけれど、撮影枚数自体は百単位だから、あらゆるポージングで撮ってもらったんだけれど……これがもう楽しくて楽しくて。  立派な口実ありきで、好きなだけ葉璃と密着できて、顔を寄せ合える。  とはいえ今日は、ディレクターさんやカメラマンさんの要求が直球で笑ってしまった。 『巷で飛び交う噂がまるで真実であるかのような、ETOILE二人の親密な様子を撮りたい』  本当は私服でも良かったくらいだよ、なんて笑いながら言われて愛想笑いを返した俺の隣では、さっぱり理解出来ていない葉璃が首を傾げていて可笑しかった。 「……需要あるのかなぁ」  メインのお肉が運ばれてくるまでのつなぎに、うさぎみたいにレタスをモシャモシャ食べている葉璃がふと今日の事を反芻した。  なんと今日は、林さんも交えた四人での晩ごはんだ。  いつも俺たちだけでご飯に行くと、『林さんも一緒に来たいね』と話していたのがやっと叶った。  夜は大食いに拍車がかかる葉璃の希望は、大体が肉。今日も個室のある少し上等な焼き肉屋さんにやって来た俺たちは、葉璃と俺、対面にルイさんと林さんという並びで掛けている。  見た目からは想像もつかない葉璃の食欲に、これから林さんは度肝を抜かれるに違いない。 「まだ言うてんの」  人数分のタレを準備している、意外にも世話焼きなルイさんが葉璃の呟きに笑った。  ちなみに林さんも、ルイさんの隣で俺たちの分のドリンクを注文してくれている。二人があれこれと世話を焼いてくれるから、こちらサイドは何もやる事が無い。  ……いや訂正。  腹ぺこな葉璃はサラダにがっついていて忙しそうだから、何もしてないのは俺だけだ。 「ハルくん、撮影の度にそういう事考えてるの?」 「……はい。考えてます。俺でいいのかなって……。俺が載ってる雑誌は買わないって人が居るかもしれないし、そもそもなんでハルが専属なんだって不満を持ってる人も居るかもしれないし……」 「いやいや、ハルくんが専属になってあの雑誌は売り上げ上がってるんだよ? もう三年目だし、ワガママの一つも言える立場なのに」 「ワガママなんてそんな……! ただでさえ俺、表情作るの下手くそだからってほとんど無表情で撮ってもらってるのに……っ」 「そんなん言うてるけど、さっきの恭也との撮影ではニッコニコやったやん」 「それは……っ! 恭也が隣に居たからで……」  え……俺が居たから、笑顔を見せてくれてたの。  絶え間なく野菜を口に運んでいる葉璃を、驚きを持って見つめる。  そっか……そうなんだ……。俺が居たから……。  たしかに葉璃が専属モデルを務める雑誌では、ほぼ無表情のおすまし顔が多い。  ただやはり、メインは洋服の宣伝だから、それに徹しないといけないモデルはそう自我を出さないでおくのが常だったりするし、葉璃のワガママが通っているわけではないと思う。  何を隠そう、俺もほとんど無表情のキメ顔を注文されているからだ。  これまでも何度となく二人での撮影を行ってきたけれど、俺は葉璃の笑顔を見慣れていてその貴重さを忘れてしまっていた。  ……嬉しい。葉璃のその一言で、俺は心を許してもらえてるって実感できる……。 「さっきのスチール確認するの楽しみだなぁ。おそらくセナさんが確認に入ると思うけど」 「そうなんや? また妬かれそうやな、ハルポン」 「え……? いや、そんな事ないですよ。……さっきのだって、恭也一人で成り立つ撮影だったと思ってますし……」 「はぁ? ETOILEの新曲プロモでハルポンおらなどうするんよ。なんでそんなこと考えんのか理解に苦しむわ」 「だって見てくださいよ。恭也、めちゃくちゃカッコよくないですか? ヘアメイクと衣装でさらにパワーアップしてましたよね? 俺はほんとちんちくりんで……足を引っ張ってゴメンってずっと心の中で思ってました……」 「…………」 「…………」 「…………」  ……早く飲み物届けてくれないかな。  照れちゃってどうしようもない。  口元がゆるむ。隣の葉璃から目を逸らせない。  無性に頭を撫でたい衝動に駆られる。  なんでそんなに褒めてくれるんだろう。  俺はいつもいつも、俺の存在で葉璃が際立てばいいと思って行動しているけれど、葉璃もそんな風に俺の外見をここぞとばかりに評価してくれてるとは思わなかった。  いや……待って。  思い返すと、最近は会えばそういう事をサラッと言ってくれている。だけれど、ここまでではなかった。  俺が照れてそっぽを向いても止めてくれない。何も考えてない葉璃からの口撃が、今日は物凄い。 「今日はなんや出血大サービスデーのようやな」 「本当に……。俺今日、誕生日でしたっけ……」 「恭也くんのモチベーションはいつもハルくんだからねぇ。そうやってお互いがお互いの自己肯定感を上げてくれるからこそ、二人はアイドルユニットとして成り立つんだろうな」 「そうやなかったらあっという間に自滅して終わりやもんな、この二人は」 「まさしく」  二人がうんうんと頷き合った話を、俺は理解している。サラダの器が空になり、俺のサラダを物欲しそうに見ている葉璃は、そもそも聞いてなさそうだった。  俺は、自分の前にあった手付かずのサラダを葉璃に手渡し、葉璃が空にした器をテーブルの端に置いた。  ありがと、と微笑まれ、また照れる俺。  次々と繰り出される口撃によって心が疼いて仕方が無いけれど、葉璃の笑顔はいつでも見ていたくなる。  しかしここでさらに、俺はノックアウト寸前まで追い込まれる事になった。 「恭也、最近の髪型いいね。カッコいい」 「そ、そう? 今月、雑誌の撮りでついてくれたヘアメイクさんが、カットしてくれたんだ。俺はあんまり、顔を出したくないって、言ったんだけど。要望は、通らなかった」 「恭也はもう顔隠しちゃダメだよ」 「いやいや……俺は、隠していたいよ」 「ダメだってば」  葉璃はそう言いながら、笑みまで携えて俺の両頬を小さな手で包み込んだ。  マッシュベースにレイヤーを入れ、右側を重くして左側は耳掛けにしたヘアスタイルを葉璃が褒めてくれたところまでは、まだ照れるだけで済んでいた……のに。 「……ほら、やっぱりカッコいい」  左耳に髪を掛けてくれた葉璃は、俺の目を覗き込んでふわりと笑った。 「葉璃……」  どういうつもりでこんな事を言ってるんだろう。  俺の心を弄ばないで──と、本気で思ったのは初めてだ。  誕生日でも何でもないのに、こんなに俺を喜ばせてどうしようっていうの。  あ、……そうか。  ドラマの主演が決まったから、そのお祝い?  葉璃がそんな事を考えるタイプじゃないのは分かっているけれど、どうにかこじつけないと納得がいかない。  納得が……いかないよ。

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