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56♣⑧
見た目通り少食な林さんは、食べ始めてから二十分ほどで箸を置いた。
ハルポンほどとはよう言わんが、俺と恭也もそこそこは食う。
そやから気使って、俺らの食事がある程度落ち着いてから神妙に口火を切った。
「その……君たちに聞いてもいいのか分からないけど、レイチェルさんは二人の関係を知っているの? 恭也くんにあんな質問するくらいだから、……」
いい機会やと思たんか、恭也の隣で空気と化しとったらしい林さんの素朴な疑問に、俺はウーロン茶を飲みながらチラッとハルポンを窺った。
粗方知っとると言う情報の中に、それは入ってなかったんやろな。
恭也と顔を見合わせて、視線で会話する。林さんにも共有しとくべき事と、まだ話さん方がええ内容を瞬時に判断せなあかんくなった。
「……知っとるけど確証は無い、いう感じやろな」
「そう……ですね。葉璃を、目の敵にしてるのも、そう思い込んでの、行動かなと……」
「でもどこで思い込むタイミングがあったんだろう? 二人は僕たちの前では熱々だけど、その他の場面では接触すらほとんど無いよね?」
「……そうやなぁ……」
「……ですね、……」
レイレイとマスコミが繋がっとるかもしれんとは言えず、俺も恭也も言葉を選んだ。
なかなかに鋭い林さんの疑問すべてには、俺たちだけの判断では答えられん。
林さんにやったら話してもええんちゃうかという思いも渦巻いて、ちょっと良心が痛んだ。
「……林さんはどう思うん?」
「僕? そうだなぁ。誰かが二人の仲を吹聴したとしか考えられないかも。そうでないとレイチェルさんが知る機会は無い」
「…………」
「…………」
「成田さんから改めて情報共有してもらったのは、今回セナさんがプロデュースする新人女性歌手は社長の姪っ子さんだって事と、その姪っ子さんがセナさんにお熱だという事だけなんだよ。まさかレイチェルさんが二人の仲を疑ってるとは思わなかった」
「あぁ、じゃあ林さんは、なんで恭也にハルポンの魅力なんぞ聞いてんねんと訳分からん状況やったんや?」
「そうそう。レイチェルさんがセナさんの事を好きで、でもセナさんは鬱陶しがってる……というのは君たちの会話でも聞いた事があったからね。でも今日、レイチェルさんと恭也くんの会話を目の当たりにして気付いちゃったよ。セナさんの相手まで知っているとは本当に驚いた」
事前情報が無かったら、そら何の事やねんとなるのも当然や。
林さんがこう言うくらいやから、レイレイの言動とかで確信する何かがあったんやろう。
こんなめんどい事は知らんままおった方が良かったのにと思う反面、セナさんのプランとやらがあるからには後々絶対知る事になる話やからなぁ。
ここで俺らが言えんだけで、おそらくそう遠くない時期に林さんもすべてを知ることになる。
言えん話はとりあえず置いといて、俺も恭也も林さんとそないに変わらん情報しか持ってへんいう事を強調しといたろう。
「俺もな、ちょっと前に秘書室でレイレイに会うた時に確信してん。そん時ハルポンと一緒やってんけど、ハルポンに対して無礼なこと言うたりキッツい目で睨んだりしてたんよ」
「無礼なこと、というのは?」
「なんで新人のハルポンがセナさんとこのマンションに住めんの?て」
「えっ!? ……そうか、それで成田さんは僕に話をしてくれたのか……」
「そうやと思う。レイレイがセナさんの家を特定してて、そこにハルポンも住んどるって事をなんで知ってんのやろな。明らかに何か知っとる風やし、こっちは疑い出すやんか。でも社長は同棲してることレイレイに話してない言うんよ」
「ますます怪しいじゃないか。社長はこの事知ってるの?」
「大方セナさんが話しとるんやない。ただレイレイはデビュー前やし事を荒立てんようにうまいこと言うてると思う」
「そうなんだね……」
言えるのはここまで、よな。
俺がうっかりヘタこいてへんかと恭也を見ると、小さく頷いてくれたんでホッと安心した。
林さんは、ひとしきり食いまくった後にデザートを所望し始めたハルポンを、えらい心配そうにジーッと見つめとる。
それからしばらくして、黙っとる間に感情が込み上げてきたんか涙目でスッと立ち上がると、ハルポンのそばに寄って行った。
「ハルくん、もし何か困った事があったらいつでも相談してね。君には恭也くんもルイくんもそばに居るから心強いだろうし、何より最強の恋人も居る。僕なんかお呼びじゃないかもしれないけど……」
「えっ、そ、そんなことないです! 俺、林さんにはすごく感謝してるんですよ! デビュー前から俺たちのことを支えてくれて、スケジュール調整も完璧だし、あのCM撮りの翌日は林さんが俺を気遣って休みにしてくれたし、ルイさんが無理な時は送り迎えしてくれるし、事務所での仕事も大変そうなのに可能な限り現場にきてくれてスタッフさんと話をしてくれるし、……っ」
「ハルくん……」
「いつか林さんも一緒に、みんなでご飯食べたいねって話してたんです。俺たちは林さんも含めてETOILEだから……」
「…………っ」
突然そばに来た林さんに驚くかと思いきや、そんなこともなく。
ハルポンはこんな熱い言葉で、ただでさえ涙目やった林さんをついには泣かしてもうた。
いやまぁ、林さん含めてETOILEやって、そんなん言われたらグッとくるんは分かるんやけど。
両手で顔面覆ってシクシク泣き出したらちょっとビックリするやんか。
黙って見守っとる俺と恭也はもちろん、一番ビックリ仰天なのは泣かしたハルポンやし。
「えぇっ!? ちょっ、林さんっ? ごめんなさい! 俺何か嫌なこと言っちゃったんですねっ? うわぁ、すみませんっ! ほんとにごめんなさい! 林さん……っ、泣かないで……!」
「ち、ち、違う、違うよハルくん……! 嬉しくて……嬉し泣きだよ、これは……」
「林さんっ」
「いや、……ごめんね。僕たちみたいな会社員は、褒められる事が少ないから……モチベーションを保つ術が仕事への意欲一本になるんだ。個人への評価がされにくい職種だし、こなして当たり前、かと言ってミスは許されない業務ばかりに追われていると……どうしても、……弱気になってしまう。あぁ……でも君たちを支えてあげないといけない立場なのに、こんな事を吐き出してマネージャー失格だよね。成田さんみたいな敏腕マネージャーになるには、まだまだ先が長そうだ」
へへっと泣き笑う林さんに、三人ともが笑い返せへんかった。
俺もハルポンの付き人してたから少しは林さんの気持ち分かるよ。業務自体はそらもう大変や。
やけど林さんは、仕事が大変いうよりも働きぶりに対する見返りが乏しい事で疲労が溜まってきとる。その見返り言うても、林さんは大それたもんは望んでへん。
今のハルポンみたいに、労いの言葉一つだけでも嬉しいもんなんや。
男の世界で優しい言葉を掛け合うなんざ、そないに頻繁にある事やないけど、それが出来るのが俺たちやんな。
「林さんも人間なんやからずっとシャキッとしてられんよ。疲れる時も、めんどって思う時もあるやろ。そんな時は楽屋で寝そべってたらええねん。俺らはそれが許される間柄やろ。なんも遠慮はいらん」
「ルイくん……っ」
「そう、ですよ。さっき葉璃が、言ってましたけど……。自分の仕事をさておいて、俺たちの現場に来てくれたり、ていうか俺は、デビュー前から、林さんにはお世話になりっぱなしです。嫌な顔一つしないで、逆にポジティブな事、たくさん言ってくださって、いつも感謝しています」
「恭也くん……っ」
「林さん、疲れた時は横になって目を閉じるだけでも疲労回復になるんですよ。ETOILEのマネージャーは林さんじゃないとイヤです。俺も何かお手伝いできることがあればするんで、辞めないでほしいです。林さん、マネージャー辞めたらイヤです……っ」
「ハルくん……僕、マネージャーを辞めるなんて一言も言ってないよ……」
「えっ? あっ……」
ハッとしたハルポン、お気付きですか。
嬉し泣きしてはった林さんの涙を止めるとは、さすがや。
しんみりほっこり、良い雰囲気がぶち壊しやけど。
ま、これがまさにETOILEやからええか。
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