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61❤︎⑨
いわゆる歌唱するステージほど眩しくないそこは、集まる視線すべてを見渡せてしまう。
葉璃にはもちろん、お呼びでない聖南にも好奇の目が注がれているが、聖南はむしろ大勢の前で二人で並んで立てた事に喜びさえ感じる変わり者だ。
堂々と葉璃をお姫様抱っこで運び、その後も退散する事なく胸を張って笑顔で会場内を見渡す余裕さえある。
対して葉璃は、いつかのお披露目時のように気を付けの姿勢で両手をグッと握り、スタンドマイクの前で床を睨んでいた。
デビュー以来、様々な媒体であらゆる緊張を体感してきたはずなのだが、彼の資質的に慣れないものは慣れないらしい。
いつまでも初々しい壇上の〝ハル〟が皆にどう映っているかは、前を見据えている聖南にしか分からない事であり、それでもいいと思っている辺り先輩としては失格かもしれない。
『ただいま紹介にあずかりましたETOILEのハルと、呼ばれてないのに勝手にここにいる私は、CROWNのセナです。よろしくお願いしまーす』
『よ、よろしくお願いします……』
退散する様子がない聖南を見て気を利かせたスタッフからマイクを受け取り、人形のように固まった葉璃の代わりを担う。
いつもの調子で語る聖南に続いて小さく頭を下げた葉璃は、そうしなければという意識だけで動き、その後は再び体を硬直させた。
『セナさんとハルさん、お二人にお話いただけるということですね?』
『そうっすね。見ての通り、〝ハル〟はいきなりのスピーチで頭沸騰しかけてるんで、俺が仲介します。あとこのCMにGO出したのは俺なんですよ。その点でも聞きたい事があれば何でも答えます』
『詳しいお話は来月の新CM発表会でのお楽しみということで、今回は完成したCMをご覧になった感想などをお聞かせ願えればと思います』
『し、新CM発表会……っ?』
『はい。来月の一日に。さっそく予定されておりますよ。ハルさんはご存知なかったのですか?』
『えぇ……! そうなんですか、聖南さんっ?』
『うん』
『えぇぇっ!?』
衝撃の事実を知った葉璃は声がひっくり返るほど驚き、会場の笑いを誘った。
本人にそのつもりは微塵も無いのだろうが、やや緊張感のあるピリリとした空気が一変したのが分かる。
CMについてはこの場で終わるものだと楽観していた葉璃には、直近で知らせてやろうとしていた聖南の気遣いが無駄になった。
コンクレは、国内のみならず海外でも人気の大手コスメブランドだ。そんな大きなブランドの新商品ともなれば、様々な媒体でのプロモーションは必至で、実はまだまだこのCM関連の仕事は詰まっている。
それをまさかこの場で知らせる羽目になるとは思わず、聖南は若干の皮肉を込めて、他意は無いであろう司会者へ三白眼を送った。
『あーあ、前もって言うと〝ハル〟緊張しちまうじゃん。なんでバラすの』
『申し訳ございません! ご存知ないとは思わず……!』
『あはは……! いいのいいの。冗談だから』
『あ……発表会は冗談……』
『それは冗談じゃねぇよ。知ったからにはしっかり緊張しときなさい』
『うー……っ!』
がらりと空気が変わった会場の雰囲気に合わせ、聖南の回しも謹んだものからフランクなものになった。
微かな非難を向けられた女性司会者はドギマギしている胸中を笑顔で隠し、すべてを冗談だと受け取った葉璃は聖南からの窘めに下唇を出してはいるが、これで少しは緊張も解れただろう。
スピーチしやすい環境さえ作れば、なぜか本番に強い葉璃は必ずやってくれる。
デビューから三年目の売れっ子アイドルとは思えぬ初々しさで、たどたどしくも胸を打つ言葉を紡いでくれるはずだ。
『話が逸れてしまいましたが……たった今ご覧になったCMについて、順番に感想をお聞かせください。まずはセナさんから、よろしくお願いいたします』
『……そうですね。とにかく……綺麗でしたね。ETOILEの〝ハル〟がまったく違った形で表現されていたと思います。っつーと、みんなはイメージ通りじゃん? ってなるんだろうけど、俺としては、歌ってる〝ハル〟と今回のCMの〝ハル〟は真反対に見えてて。ステージ上で歌って踊る〝ハル〟はキラキラ輝いていて、中身云々は置いといてちゃんとアイドルなんすよ。だけどCMの中の〝ハル〟はすごく自然体で、普段通りって感じだった。でもこれの何がスゴイって、勝負するものが一つしかないのに一本の短編映画ばりの出来だって事。コンクレのリップクリームは間違いなく良い品だから、両者鑑みても派手な演出じゃなくて逆に良かった。ぶっちゃけ撮影入るまではシンプル過ぎるんじゃねぇかって心配してたんすけど、まったくそんな事無かった。想像と理想を超えてきた。〝ハル〟の魅力はまだまだ未知数なんだなって思い知りましたよ』
マスコミがシャットアウトされているからと、本音を饒舌に語ってしまったが構わなかった。
恋人の魅力は自分だけが知っていればいい。だがその恋人は、大きな後ろ盾ありきかもしれないが一気にトップアイドルの仲間入りを果たした。
しかし彼は、自分で自分を売り出す術を知らない。
ならば聖南の使命は、一見不似合いにも思える内向的な〝ハル〟が、いかにこの業界でも通用するほどの才があるかを触れ回るべきなのだ。
それがプロデューサーを買って出た聖南の役割でもあり、恋人として出来るささやかなエールにもなり得る。
語り終わり、司会者の女性を一瞥するなり起こったたくさんの拍手が、聖南の思いを受け取ってくれた何よりの証明だ。
『本当に、その通りだと思います。セナさん、ありがとうございました。続きましてハルさん、よろしくお願いいたします』
『は、はいっ。あの……感想、ですよね、はい……。今初めて観たので、その……自分じゃないみたいって思いました。……はい』
『セナさんは、飾らない普段のハルさんのようだという感想でしたが、ご自分ではいかがですか?』
『えっ? あれがですか? いえ、そんな……自分では全然分からないです……。〝セナ〟さんは普段からあんなことばっかり言いますから……』
『……というと?』
『あっ、えっ? いやつまり、……えっと……』
──葉璃ちゃん……墓穴を掘るなよ。
堂々と惚気た自分は棚に上げ、危なげな事を口走った葉璃に意味深な笑みを送る。
司会者から突っ込まれ、余計な事を言ってしまったと顔を引き攣らせた葉璃は、縋るように聖南を見返した。
『フッ……。俺も周りも、必要以上に〝ハル〟を持ち上げてるんですよ。みんなも知ってる通り、めちゃくちゃ自己肯定感の低い子なんで』
『なるほど。それは周知の事実かもしれません』
『と言っても、自分で自分の魅力に気付いてないってのが〝ハル〟の良さでもあるんで、無理に変わる必要は無いかなとも思ってるんすけど』
『ETOILEのプロデューサーであるセナさんがこう仰っています。ハルさん、セナさんのお話をお聞きになってどうですか?』
『あ、……甘えてるなぁと、いつも申し訳ない気持ちでいっぱいです……。もっとしっかりしなきゃって頭では分かってるんですけど、どうしても……ネガティブにしか考えられない人間で、仕事ではいまだにいろんな人に迷惑かけてると思います……すみません……』
そろそろ鼻が伸び始めてもいい売れ具合のはずが、葉璃はずっと、聖南が見つけた時から何も変わらない。
肩を丸め、俯き加減で恐縮しきった葉璃に目前の売れっ子達は目尻を下げた。
聖南もまた、司会者からの誘導で流れるように墓穴を掘った素直な葉璃が愛おしい。
たった今スクリーンの中で微笑んでいた人物とは思えない落差が時に困惑を生むのだが、それも致し方ないのだ。
舞台上では謎のスイッチが入る葉璃は、ナチュラルさと華やかさの切り替えまで無意識にやってのける。
それがいかに突飛で不可能に近い事なのかを、葉璃自身が気付いていないところが聖南はとにかく好きだった。
『ちょっとちょっと、うちの〝ハル〟に追い打ちかけないでもらえます?』
『そっ、そんなつもりは……! ハルさん、またしても申し訳ございません!』
『えっ!? そんな……っ、俺なんかに謝らないでください! 俺が悪いんです、俺がうじうじしてるから……!』
慌てふためく女性司会者と、身振り手振りで自分を責める葉璃のやり取りは、聖南だけでなく会場内すべての注目の的である。
このまま『じゃあこの辺で』と手を打てば終わりそうな空気だったが、聖南はそれをしなかった。
欲を言うともう一声、葉璃からの言葉が聞きたかったのだ。
『すみません』を言い合う二人を落ち着かせ、何とか軌道修正しようと口を開きかけたその時、女性司会者が突然『そんなことありません!』と声を荒げた。
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