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第26話 危機的状況
「や、やめろ……さわんな……!!」
後ろ手に金属製の手錠で拘束され、周は必死で身をよじった。
真人がこもっている研究室へ向かおうと家を出た瞬間、突然背後から羽交い締めにされ、つんとした刺激臭のする薬物を嗅がされた。
そこで記憶は途切れ、目を覚ました時には、周は広々とした天蓋付きのベッドの上だった。
いつの間にかズボンは抜き取られ、シャツとパンツ一枚という格好だ。手首には手錠が掛けられているし、脚は膝を折り曲げた状態で片足ずつガムテープでぐるぐる巻きにされ、無防備に尻を突き出すような格好である。
しかも、ベッドの足元の方にはカメラが一台セットしてあるではないか。そして、危機感に顔を歪ませる周の姿をカメラの向こうから眺めている中年男――その男の顔には、見覚えがあった。
小太りで色の白い男。小動物のようにつぶらな目をしているが、周の肌の上に注がれる視線には、明らかに下品な欲望を滾らせている。
「あっ……お前……!!」
「やーっと捕まえたよ。まったく、高い金払ってんのに、急に逃げていくなんて」
ノーネクタイにジャケットを羽織ったこの小太り男は、闇オークションで周を買った人物だ。リムジンの中で身体中を舐めまわされ、恐怖と不快感のあまり、この男の前から逃げ出した。それが今頃になって、また周の前に現れるなんて――
「あの時は言わなかったけど、僕はね、おーきな製薬会社の役員なんだよ。あんまり逆らうと変な薬使っちゃうかもしれないから、大人しくしておいた方がいいと思うなあ」
「は……?」
男が、ジャケットを脱ぎ捨てベッドに登ってきた。マットレスが沈み、周の背中にいやな汗がにじむ。男から離れようと身をよじるも、逃げ場などどこにもない。加えて、ドアの脇には屈強な男が二人いて、ニタニタと周の身体を眺めまわしている。
――ありえねぇよこんなの……何がどうなってんだ!?
「思ったより時間を食ったなあ。でも、やっぱり時代はネットだね。まさかこんな形で見つかるとはなぁ」
「……は? どういう意味だよ!」
「君、写真がネットにあがってたよ。『美少年カタログ』っていうサイトがあってね、マニアたちが美少年をキャッチして、写真をサイトにあげてるんだ。その中から獲物を見つける奴らもいるし、単に趣味として眺めてる奴らもいる。僕はそのサイトの管理人にかなり金を出してるプレミアム会員だから、目当ての美少年の住所や学校の場所なんかを、全部教えてもらえるんだよね」
「マニア……? 写真て……」
「礼泉学園大学附属病院、ここで君はキャッチされてる。身近に美少年マニアがいるって、気づかなかったみたいだねぇ、かわいそうに」
「大学……って、まさか」
「ソガって男、知り合いかな? いやぁ、彼とは以前からSNSで親しくしててね、いろいろ情報をもらったんだ。助かったよ」
真人の助手を務める、蘇我という男。まさかそんな身近な人間に! と、周はショックのあまり目眩がした。だが確かに、あの男は周を見て妙な反応を示していた……。
周のこういった複雑な事情も知る由はないだろうし、大した悪意もないのかもしれないが、そのせいで周の居場所はバレてしまったのだ。
――あの野郎……!! 今度会ったらタダじゃおかねぇ……!!
ぎり、と奥歯を噛み締めつつ男を睨みつける。だが小太りの男は周の反抗的な態度にさえ興奮しているのか、スラックスの前をぐんと盛り上がらせながら、さわ、さわ……といやらしい手つきで周の肌を撫で回し始めた。
真人に触れられるのとは、まるで異なる感覚だ。不快感しか感じない。肌という肌が粟立ち、周はその手から逃れようと身をよじる。
「触んな!! 白ブタ野郎!!」
「ブタ……って……口の悪い子だな。これだから、エッチの相手は小さい子に限るんだ」
「……小さい子、だぁ!? デブでショタコンとか最低かよ!! キモいんだよてめぇ!!」
「き、キモいだとぉ?」
「俺の他にも、吸血鬼を集めてやがんだろ! 死ねよクソ!! クソ豚!! 死ね!!」
「っ……なんて生意気なガキだ! 可愛くない!! 君みたいな育ちの悪いヴァンパイアには、お仕置きが必要だな」
四肢を拘束されながらも、大声で怒鳴り散らす周に腹を立てたらしい。小太り男はドアのそばにいた男二人を手招きして、自分はのっそりとベッドから降りた。
「君たち、この子のこと黙らせてくれる? しゃぶらせるなりなんなりしてさ」
「へぇ、いいんすか?」
「僕はこいつみたいにギャンギャンうるさいガキはタイプじゃないんだ。オークションで見た時は、儚げな美少年だなと思ったけど、がっかりだな」
小太り男はカメラの前に移動すると、電子音を立て録画モードを起動させた。赤いランプが点灯しているのを見て、周の顔からサッと血の気が引く。
だが、ドアの前に立つ二人の男は、少し困惑気味に顔を見合わせている。
「……しかし、吉岡さんの到着を待つっていう約束じゃありませんでした? このガキはあくまでも人質でしょう? 今後おたくらの会社が莫大な利益を得るための、大事な大事な取引材料だから、大切に扱えと」
「あー、まぁ、そうだけどさ。いいじゃないかちょっとくらい楽しんでたって。別に殺すわけじゃないんだ、レイプするだけ。金払うのは僕だからね、君らはややこしいこと考えないで、僕の指示に従えばいいんだよ」
「はあ……」
「それに、その宇多川って研究者、僕からこのガキを奪っておきながら、自分はしっかり楽しんでるんだろう? 僕がこの子にいくら注ぎ込んだと思ってるんだ? 一億五千だよ? セックスとハメ撮りくらいじゃ足りないよ」
「……宇多川……って」
――真人……!! 真人も巻き込まれてるんだ……。
「ほら、とっととやれよ。可愛いヴァンパイアくんと4Pだ」
小太りの男はにんまりといやらしく笑い、男たちを手招きして再びベッドに上がってきた。そして男たちに周の上半身を押さえ込ませると、ベッドサイドに置かれていたローションのボトルを手にする。
コンドームの箱を開け、ベッドにバラバラとそれをばら撒き、腹の肉が乗ったスラックスからベルトを抜いた。
「な、何するつもりだよ……」
「何って、分かってるくせに。宇多川って男に教えてもらったんじゃないのかい? 束の間の飼い主さんにさ」
「飼い、主……だぁ?」
「可愛がってもらったんだろう? 有能な研究者らしいじゃないか。何かうちで利用できそうなデータを持ってるっていうから、取り引きに使えるなと思ってね。たまには僕も、会社の役に立たないと」
「……取引」
「そうさ。その男、難病指定Level5の治療法を発見したらしいじゃないか。そんなものが世に出回ってごらん。うちで出してる抑進剤が売れなくなるだろ? そうなると困るんだよなぁ、僕の給料も減るし」
「う、あっ……」
拘束された脚を大きく開かされ、シャツを捲り上げられる。そして、腹から胸のあたりまでローションを垂らされた。男は周の脚を割って身体を摺り寄せながら、ぶよぶよした手でローションを塗り広げてゆく。
ぞわぞわぞわ、とおぞましいほどの不快感に身体が強張る。だが、男はハァ、ハァと息を弾ませながら周の肌を撫で回し、両手で胸の尖をいじり始めた。
敏感なところを無遠慮にくりくりと捏ねくり回され、びり、びりと全身を駆け巡る刺激に身をよじる。真人に触れられた時はあんなにも甘く心地が良かったものが、吐きそうなほどに不快だった。だが、男は周が感じていると思っているのか、さっきよりも激しく指を動かし始めている。
「やっ……!! やめろ!!」
「ふふ。ほら、ツンと尖ってきたね。かわいいなぁ、口では生意気なことを言っても、感じちゃうんだね?」
「くそっ……やめろってば!! 気持ち悪ぃんだよ!! 離せブタ!!」
「またっ……ブタっていうな!! ほらお前ら、とっとと黙らせろよ!」
尚も喚き散らす周の口を、ボディガードの男の手が塞ぐ。ごつごつとした大きな手で口を覆われ、呼吸が苦しい。しかも、もう一人の男がニヤニヤしながらズボンの前を寛げ始めているのを見て、周は青くなった。
「んーっ、んんっーー!!」
「君ね、その態度は改めないといけないなぁ。これからは僕が君のご主人様だ。前も言っただろう? 『パパ』って呼ぶんだ。上手におねだりしないと血はあげないから、そのつもりで素直になりなさい」
「っ……ンっ……!!」
ローションで濡れた下着の上からぐにぐにとペニスを揉まれるが、周のそれは反応しない。ただ怖くて、気持ちが悪くて気持ちが悪くて、たまらなかった。
「ハァ、ハァ……っふふ、そうだよ、黙ってれば可愛いじゃないか。こっちはどうかな……? どうせもう処女じゃないんだろうけど」
「ん、んっ……!! ぐぅ……っ」
ぐい、と下着をずらされ、窄まりが露わにされる。男の指がねっとりとそこを這い回り、ぬ、ぬっ……と指の先端が浅い部分を出入りし始めた。異物感に冷や汗が吹き出す。
「んーーっ!!」
「んん? キツイなぁ……ふふっ……まさか、初めてなのかな? あの男、こんな可愛い子を前にして何もしなかったの? 信じられないなぁ、インポなのかな?」
「んん、ぅ、んーーっ……!!」
硬く閉ざした窄まりに、ずぶ、と指がめり込んでくる。
痛くて、怖くて、情けなくて、周の目からは涙が溢れた。
――くそっ、クソっ……!! こんなブタ野郎に襲われてたまるか!!
――こんな奴に、真人の研究盗られてたまるかよ……っ!! 隆太だって治せたんだ。これからはもっと、真人はたくさんの人を救うんだ!! こんなとこで、俺が迷惑かけてどーすんだよ!!
怒りがふつふつと湧いてくるにつれ、じわ、じわ……と、目の奥が熱くなる。犬歯も熱い。歯茎の奥深くからじくじくとした疼きが生まれ、牙が鋭くなるあの感覚が芽生えてゆく。
「ううううう――――ッ!!!」
「いっ……!!」
素早く顎を振り、口を塞いでいた男の手に牙を突き立てる。鋭い牙に筋肉と骨を貫かれ、男は悲鳴を上げて周から手を離した。
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