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番外編『牙は怖いが……〈真人目線〉』 

「なるほど、保護者……の方ですか。ずいぶんとお若いんですね」 「あ、はい。遠い遠い遠い親戚で……。彼はご両親からの大事な預かり物でして」 「ははあ、なるほど。……はあはあ、月森くんのお母様は、精神疾患を患われていましたよね、それで」 「ええ、そうなんです」  さらさらと口から流れ出てくる親戚論だが、こういう説明をすることにもそろそろ慣れた。それに、周の両親が真人を『保護者』と認めているのは本当のことなのだ。後ろ暗いことなど何もない……はずだ。  遠方に住み、懇談会などに出てくることが難しい彼の両親の代わりだ。自分は立派な代打なのだ。  そう己に言い聞かせてみるも、つい先日、濃密な吸血セックスに勤しんだばかりであるため、若干『保護者』という言葉に申し訳なさを感じてしまう。 「一年遅れの進学ですが、月森くんはとてもクラスに馴染んでますよ。外見がああいう感じなので女子生徒たちがはしゃぎ立ててますが、彼はきちんと距離感をもって女子生徒たちに対応しているようですし」 「……そうですか、なるほど」 「歳や外見の割に落ち着いた生徒だなと思っていましたが、宇多川さんとお会いして、何かこう納得したような感じがします」 「そうですか?」 「ええ。どことなく雰囲気が似ていますから。老成している、というか」 『老成』という言葉に若干のひっかかりを覚えなくもないが、真人はそれをポジティブに受け止めることにして、女性担任・牧野ににっこりと微笑んで見せた。ひっつめた黒髪に眼鏡をかけ、眉間にシワを寄せた牧野教諭はいかにも気難しげだが、真人が微笑むと、やや頬を染めて咳払いをした。 「時折ぼうっとしていることもありますが、成績も問題ありませんし、部活のほうも活発に参加しているようです。何か気になることはありますか?」 「いいえ、特には。いつもご指導ありがとうございます」  十分程度の二者懇談は、あっという間に終了。それもそのはずだ。周は一年遅れの高校生活をめいいっぱい楽しんでいるし、定期的に隆太と勉強しているおかげか成績も安定している。ずっとやってみたかったというバスケットボール部にも入部した。レギュラーへの道のりは遠いらしいが、ハードな練習でさえ楽しいようで、毎日元気に走り回っている。  生き生きとした周の表情を見るたび、真人はいつも幸せを感じていた。  ヴァンパイアの性質が覚醒してしまったが故に、周には手放さなければならなかったもの、触れることができなかったものがたくさんあった。  それらを今、彼はようやく取り戻したのだから。    + 「あ、真人!」  面談を終えて正面玄関を出ると、数人の男女と談笑していた周が手を上げた。すると、周とともにいた若者たちが一斉にこちらを向く。思いがけず若い視線に晒される格好になり、居心地の悪さで笑顔が引きつる。  白いカッターシャツにゆるく結えたネクタイ、ベージュのシンプルなセーターは路生のお下がりだ。長い脚にチェック柄のスボンがよく似合って、まるで青春恋愛漫画の主人公さながらの爽やかさである。  真人は微妙な距離で立ち止まり、「僕は帰るけど、どうする?」と声をかけた。 「え、あれが周のおじさん?」 「なんかめちゃくちゃ若いじゃん。何歳?」 「うそ、やば。かっこよくない? え、うそ? かっこよくない?」  真人を見ての反応は男女さまざまだが、真人はあえて聞こえないフリをして微笑した。微笑するしかない。どういう顔で現役高校生の輪に近づいていけばいいのか、皆目検討がつかないからだ。 「そ、俺のおじさん。じゃー帰るわ。またなー」  周は若者たちに軽く手を振って、真人のもとへ駆けてきた。そしていたずらっぽく真人を見上げると、「帰ろっか、おじさん」と言う。 「……やれやれ。おじさんか」 「まぁまぁ、そう拗ねんなよ。みんなの前ではしょーがねーだろ?」 「分かってるて。いろいろバレたら困ることもあるし……」 「だよなぁ」  そう言って、周は意味深な目つきになって真人を見上げ、くい、とカッターシャツの襟元を指先で引き下げる。そこには、ほんのりと赤い歯形が見て取れて――真人は赤面した。 「……す、すまん……お友達に、なんか言われた?」 「ふへっ、ううん、大丈夫。ほら、懇談期間は部活休みだし、体育もなかったし」 「そっか……よかった」  心底安堵した真人は、ほう……とため息を漏らしながら胸を撫で下ろした。  周と身体を重ねる回数は増えたものの、やはり吸血時のフェロモンに侵されながらのセックスは刺激が強い。  数日前の行為の最中、周が妙に言葉で煽って来るものだから、ついつい真人も燃えてしまった。吸血鬼の真似事をするかのように、周に噛み付いてしまったのである。  挿入しながら首筋を噛むと、真人を締め付ける内壁がきゅうっと甘く締まるのだ。その感覚は妙にクセになる気持ちよさで、二度、三度と歯を立ててしまった。「いたぁ……っ、ア、だめ、イくから……っ、ァ、あ!」と噛まれながら身悶えては、絞り取るように腰を振る周の淫らさに負け、加減を忘れて何度も何度も……。 「ごめんな、痛かったやろ」  今更のように申し訳なさが沸き起こり、玄関を開けながら周に謝る。すると周はくるりとした大きな目で真人を見上げて、照れたような顔で微笑んだ。 「ううん、すげぇよかったし。……ってか、思い出しちゃうじゃん、そんなこと言われたら」 「え?」  ばたん、と玄関の戸が閉まるやいなや、周はぎゅっと真人に抱きついてきた。すり……と真人の胸元に頬を寄せ、心地良さそうに嘆息を漏らしている。 「なんかさ〜……クラスの奴らの前で真人といるの、すげぇドキドキした」 「え。それは、僕がオッサンやから恥ずかしいってこと?」 「ちげーよ。なんつーか……学校にいる真人って、すっげ落ち着いた大人の男〜って感じするしさ。そんな真人に俺……いつもすげぇエロいことされてんだなぁって思うと、なんか」  周の吐息が熱を帯びるのがわかる。シャツ越しに伝わる彼の吐息は、行為を彷彿とさせるほどにしっとりと濡れていた。  ついさっきまで、快活な男子高校生としての顔をしていた周が、こうして二人きりになった途端にこの表情だ。なんだかとてもいけないことをしているような気分になり、真人の心拍数もばくばくと増えていく。 「自分で言うのもアレだけど、俺、学校じゃすげー爽やかぶってんの。なのに家じゃ……さ。こんなことばっかしてんだよ」 「ん……」  するりと周の腕が首に巻きついてくる。真人はすぐに周の腰に手を添えて、キスを求める周の行動に従った。  触れては離れ、柔らかく下唇を吸われ、真人はいつしかうっとりと目を閉じていた。感じ慣れた心地良さには、ほっとするような安堵感もある。たがじわじわと下半身のほうへ熱がこもってくることもまた事実で……真人はひょいと周を横抱きにし、そのままつかつかとベッドルームへと向かった。  そしてどさりと、周をベッドに横たえる。  制服姿で、期待に潤んだ瞳で真人を見上げる周の全身を見つめていると、いよいよ背徳的な気分が盛り上がってしまう。自らのネクタイのノットに指を差し込み、ぐいと襟元を寛げていると、周がうっとりしたように「は……」と声を漏らした。 「真人、あのさ……」 「ん……?」  襟から忍び込んでくる周の指先がくすぐったい。キスをしながら周の屹立を柔らかく揉みしだいていると、周は熱を孕んだ声音でこんなことを言った。 「ねぇ、フェラしたいんだけど」 「……えっ?」 「真人がしてくれるやつ、すげー気持ちいいからさ。……ねぇ、させてよ、ちょっとでいいから」  色っぽい美少年からの奉仕の申し出だ。それはとても嬉しいことだし、喜んで受け入れればいいようなものなのだが……真人はこれまで一度も、その言葉に頷いたことはない。  もちろん、ひとまわり以上も年下の少年にそんなことをさせたくないという理由もある。もうすぐ三十に手の届こうかとうい男が、男子高校生にそんなことをさせていいはずがない。だが、気分が盛り上がっている時くらいはちょっとして欲しくもなるのもまた事実だ。  だが、牙が怖い。吸血時の牙の鋭さは言わずもがなだが、通常時の周の犬歯も、常人よりは鋭く尖っている。だからこそ、笑うと愛らしいというところもあるのだが……その鋭さをよく知る身としては、やはり腰が引けてしまう。 「……でもな、周くん」 「分かってるって、牙立てないようにするし。先っぽ舐めるだけ! それならいい?」 「うう……でもなぁ」 「路生だってするって言ってたし! 『ちょっと気ぃつけたら大丈夫やって』って言ってたしさ! ね? いーだろ?」 「……あいつ」  路生の名が出るや、盛り上がっていた気持ちがひゅうっと萎える。真人は唇を引き結び、周の上からどいてあぐらをかいた。 「路生とそういう話すんねんなぁ。ちゅーかあいつ、誰としてんねんそんなこと……」 「最近はご無沙汰だって言ってたけど」 「ごぶさたて……はぁ。そんなことをあけすけに高校生に喋るとか……」 「いーじゃん別に。俺だって処女じゃねーし。真人とヤリまくってんだから」 「……」  真人はこめかみを押さえ、自戒の籠もったため息をついた。  確かに、これまでの自分からは想像もできないほどに、周といると性欲が湧いて湧いて困っている。  何気ない日常の中、スマホゲームに勤しんでいる周も可愛いし、学校での出来事を楽しげに語る周も可愛いし、風呂上りにパンツ一枚で牛乳を飲んでいる周も可愛いし、色っぽく迫って来る周も可愛いし……と、吸血時以外にもとにかく周にドキドキさせられっぱなしで、正直真人自身も、己の精力に驚いているくらいなのだ。  路生に性生活が筒抜けなのかと思うと気が重いが、そういうことを話し合える相手は貴重だろうと思い直し、膝の上に頭を乗せてこちらを見上げる周の髪を撫でる。そしてどう宥めすかそうかと考えていると……周が、ベッドの上にあぐらをかく真人の膝の間へにじり寄って来る。 「ちょ……周、」 「ね、ちょっとだけでいいから。咥えないから」 「そんな言い方されると……」 「俺、真人のフェラすげー好き。だからさ、俺も真人のここ、気持ち良くしてみたいんだ」 「いや……口でせんでも十分、」 「どんな味か知りたいよ。……ちょっとだけでいいから」 「もう……」  必死ささえ滲む表情で、周は懇願するように真人を見上げている。真人はとうとう根負けした。 「……分かった」 「へへっ。やったね」 「……やれやれ。ほんまにちょっとだけやで。ていうかシャワーも浴びてへん……」 「いいって。ね、早く」  投げ出した脚の間に、いそいそと周が滑り込んでくる。ちょっと急くような手つきで真人のベルトを外し、スラックスのジッパーを下ろしてゆく周の動きに、真人は素直に従った。  路生の名前を聞いてから萎えてしまったそれだが、周に脱がされているという絵面だけで少し元気になってきた。ボクサーパンツを下ろされ、ゆるりと勃ち上がった真人のペニスを、周がしげしげと見つめている。間近で。 「……あの、あんまじっくり見んといて欲しいねんけど」 「いやさ……よくこんなでっかいの入んなぁと思って」 「……そ、そうやなぁ」 「すげぇ……なんか、エロ」  色気のないことを言いつつも、周は白い指で真人の性器に触れた。根元を軽く扱かれながら、大きな目で窺うように見上げられ、緊張と興奮で心臓がどきどきと音を立てている。 「あ……硬くなってきた。へぇ……」 「へぇ、て。……はぁ、なんや罪悪感が」 「なんで?」 「周くん、制服やしさ。さっきまで二者面談しとったんやで? ……ん、あかんやろ、こんな」 「そーかなぁ……」  と言いながら、周は唇を開いて舌を覗かせ、ぺろ……と真人の鈴口を舐めた。あたたかく濡れた周の舌が、びくびくと脈打つ己の怒張に触れている。蕩然とした表情で、ゆっくりと割れ目を辿る周の舌の動きはひどく淫らで、見つめているだけでうっかりイってしまいそうだ。 「ん……」 「これ……真人の味……ハァ、すっげエロい」 「ぅ……も、ええやろ。それくらいで」 「ん、いいわけねーじゃん。ねぇ……飲ませてよ」 「あ」  ちゅ、と先端にキスをしたあと、周はくっぽりと真人の切っ先を口内で包み込む。恐れていたような痛みはまるでなく、ねっとりと熱くとろけた粘膜に包み込まれる感触は、思いの外気持ち良かった。 「……ぁ、う」 「ん、……ハァ。おいひぃ……ン……」 「周、くん……」  ちゅむ、ちゅむ……と先端だけを飴のように舌で転がしながらも、周の指はリズミカルに竿を愛撫し続けているのだ。初めてとは思えないほどの巧みな手技に、ぴく、ぴくんと真人の腰も震えてしまう。  女性にこんなことをされたことがないため、周のフェラチオが初体験だ。想像以上に罪悪感をもくすぐられるが、そこがまた背徳的で、妙な興奮がぐいぐいと真人の理性を揺さぶってくる。 「……ん、まさひと……きもちいい……?」  唾液でたっぷりと濡れた舌と唇を一瞬離し、周はうるりと潤んだ瞳でそんなことを尋ねてくる。とろ……と周の唇から伝う透明な糸は、真人の体液に他ならないだろう。真人はごくりと喉を鳴らし、こくこくと頷いた。 「……めっちゃ、気持ちええよ」 「へへっ……まじ? やったね」 「でもな。あの、そろそろ出そうやから……離して」 「いやだよ。出せばいーじゃん、俺の口に」 「いやいや! ……あかんて、そんな」 「出すまでやめねーから。ほら……イってよ」  今度は先端を親指で愛撫されながら、反り返った竿の部分をねっとりと舌で舐め上げられる。唾液や先走りでとろとろに濡れた性器を、目を閉じ夢中になって舐める周の姿は、いかんともしがたくいやらしい。しかも周の腰はもじもじと物欲しそうに揺れていて、真人はたまらない気持ちになってしまう。 「……っ出そうやから、もう……離して」 「だめ、飲むっつってんだろ……っ」 「あ、こらっ……」  ぱく、と周は真人の鈴口を咥え、さらに深く飲み込んでゆく。その瞬間、真人はとうとう達してしまった。 「ぁ、ッ……ン、んんっ……!!」  喉の奥で勢いよく弾けた真人の体液に驚いたのか、周は少しばかり苦しげに眉根を寄せた。だが、口からそれを離そうとはしないのだ。  味わうように目を閉じ、喉を鳴らして嚥下しながら、ゆっくりと真人の屹立を口から引き抜く。そして、口の端から少し溢れた白濁を指で掬うと、舌を伸ばしてそれを舐めとるのだ。  窄められた赤い唇は十六歳とは思えないほどに妖艶で、真人の胸は早鐘を打ちっぱなしである。 「ごめん……! あ、あの、すぐうがいして」 「ハァ……なにこれ、すげー興奮する」 「え?」 「しゃぶられてる時の真人の顔、すげークる。かわいかったよ?」 「か……かわいいて」  小首を傾げ妖艶に微笑む周の色香は、身悶えするほどに魅力的だ。干支一回り以上年下の相手に、年甲斐もなく翻弄されっぱなしである。  だが、真人とていい大人だ。このまま掌の上で転がされっぱなしでは終われない。気合いを入れて周を抱こう……!! と身を乗り出した瞬間、周はひょいと立ち上がって伸びをした。 「あー腹減った。ねぇ、今夜何食いたい?」 「えっ? あ、飯……」 「こないだ実家から大根すんげ届いたじゃん? あれで何か作ろっか」 「う、うん。ありがとうな……」  周はにっと笑って、ベッドに座ったままの真人の額にキスをする。そして、鼻歌まじりにキッチンの方へ行ってしまった。盛り上がりかけた性欲を持て余しつつも、真人はひとり苦笑する。  若くてマイペースな恋人に、振り回されるのも悪くない――そう思いながら、真人は部屋着へと着替え始めた。 番外編『牙は怖いが…(真人目線)』

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