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《1》
深夜。日付が変わった0時のトウキョウ。高いビルが並びビル同士も空中通路で繋がれたこの街で、ある会社のビルの屋上に一つの影が現れた。
「標的(ターゲット)みーっけ」
その影の正体――全身真っ黒なウェアに身を包み双眼鏡を覗き込んでいた青年――、水上(みなかみ)シオンは、口角を上げて楽しそうに呟いた。その視線は、レンズ越しに隣のビルの入口に立つ男に向けられている。
「よし、行きますかーっ!」
腰からクナイの様な尖った刃物を数本取り出し、バルログ持ちで構えるとそのままビルから飛び降りた。肉眼で男の姿を捉えた所で、彼が首を上げてシオンを見つけた。
「っひ!」
シオンが刃物を握った腕を振りかぶった瞬間、男は皮一枚で避けた。シオンはチッと小さく舌打ちすると、再び男の懐に飛び込む。
「逃げんなバケモン!」
「っ……くそ、ハンターか……っ!」
人間の姿をしたままで、妖はシオンの刃物を次々と躱していく。
「しつけーな!」
「てめーの犯行はもうバレてんだよ! 大人しくさっさと消えやがれ!」
妖は地面を強く蹴ると、ビルの壁を走り屋上へと登った。それをシオンも追い、二人は先ほどシオンが双眼鏡を覗いていた場所で対峙した。
「てめーには500万ドルの賞金が掛かってるんだよ! ヒトを喰った数、約三十人……もう分かるよな?」
「ふん、知るか。あんたバウンティハンターだろ? 随分ちっこくて子供かと思った」
「な――っ! 誰が子供だ! これでも身長170後半はあるんだよ!」
まさに売り言葉に買い言葉。シオンが噛み付くように怒鳴り返すと突然、パン! と軽い破裂音が鳴り、二人の間に小さな煙が上がった。
「新人か? 随分と下手くそな狩りだな」
妖とシオンが声のした方を向くと、シオンと同じく真っ黒な格好をした男がハンドガンを構えて柵の上に立っていた。シオンの黒い短髪と違って、肩口まで伸びた茶色いストレートの髪が風に揺れていた。
「……誰だ、てめー」
「口の悪いバンビだ。聞く前にまず自分から名乗ったらどうだ」
「てめーこそ、新人だのバンビだの失礼なヤツだな。6年目のバウンティ、水上シオンだっ」
「6年目? 今の刃物の使い方はまるで研修生だったぞ」
「悪かったな、これでもフリーで5年やってるんだ! つか、てめーも名乗れよ」
「あぁ、バンビじゃなくて子犬だったか。俺は結城(ゆうき)アズマ、お宝専門」
「トレジャーならあいつの持ってる盗品だけ狙えばいいだろ!」
「銃じゃ妖だけじゃなくてお宝も傷付ける可能性があるだろう? タイミングを見ていたんだ」
「じゃあさっさと奪えよ――って、あれ?」
「……あーらら」
振り返ると、もうそこに妖の男はいなかった。二人の間に、静かな冷たい風だけが通り抜ける。
「うっそだろ逃げた!? ちくしょー、てめーのせいだぞ!」
「ギャンギャン騒ぐなチワワ。妖がいないならもうここに用はない、俺は行く」
「あっ、こら逃げんな結城アズマぁーっ!!」
鼻で笑うとアズマは屋上から飛び降りた。シオンが柵まで駆け寄り地上を見下ろした時には、その姿は影さえ見えなくなっていた。
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