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1 執事の品格

「なんて事だァァァァー!!」 ばあ様がいない。 ついでに、じいさんもいなくなった。 いつもの朝。 俺を迎えたのはロルフだけ。 いつもの朝が、いつも通りの朝ではなくなった。 「おばあ様は旅立たれました」 …………………………えっ 「いま……」 ロルフ…… 「なんと言った?」 「おばあ様は昨晩、おじい様と共に旅立たれました」 「そんなッ」 俺を置いて…… ばあ様は…… ついでに、じいさんも…… 「俺は……」 天涯孤独 ひとりになってしまったんだな。 「あなたには私がおります。総主(そうしゅ)様」 俺は、ばあ様の遺志を継いで戦わねばならない。 この世界を不条理と無秩序で支配を企む悪の権化《鬼導衆(きどうしゅう)》と。 奴らが世界をねじ曲げた。 奴らさえいなければ、ロルフ…… (お前も) 漆黒のスーツに身を包むロルフは、我ら《クリュザンテーメ》の執事だ。 《クリュザンテーメ》とは《鬼導衆》から自由と人権と財産を守るために組織された連合同盟である。 俺は立たねばならない。 総主であるばあ様が逝去した今《クリュザンテーメ》の総主は俺だ。 「二週間、総主の職務をよろしくお願いいたします。プフィルズィヒ様」 ………………………えっ なにゆえ、二週間限定?? 「二週間後に、おばあ様が帰国いたします」 「なんで?」 旅立った……んじゃないの? 「はい。おばあ様は旅立ちました。おじい様と共に。そして帰国予定は二週間後です」 旅立つ…… 帰国…… (ハッ、まさか!) 「旅行かっ」 「はい」 「なんだとーッ!!」 言い方ッ、ロルフ!! 言い回し、おかしいわーッ 「これは失礼いたしました。おばあ様は、おじい様と共に金婚式の記念旅行に昨晩、旅立たれました」 「金婚式?」 「はい。結婚五十周年です」 仲良し夫婦だな。 「で、どこに?」 ドイツか、フランスか? それともブーケット? オーストラリアでコアラ抱っこしてるのか~? 「インドです」 「インド?」 どうしてインド? 「ガンジス川で洗濯するのが、おばあ様の長年の念願ですので」 「沐浴しろーッ!!」 なに、こだわっとるッ? どこまで洗濯好きなんだ、ばあ様。 しかし、困った。 じいさんはいい。 問題は、ばあ様だ。 (ばあ様がいない) 今夜は《クリュザンテーメ》の会合だ。 アッフェがやって来る。 ファザーンも。 彼らは《クリュザンテーメ》の両翼を担う有力盟主だ。 今晩。 夜会で我らの盟約をより強固なものとするための儀式《キビクネーデル》を執り行う。 我らがそろって、キビクネーデルを食さねば儀式は成立しない。 (どうする?) キビクネーデルを作れるのは、ばあ様だけ。門外不出のレシピは、ばあ様しか知らない。 「夜会は延期いたしましょう」 「それは、できない」 一刻も早く《クリュザンテーメ》を強固な組織としなければ。 《鬼導衆》に対抗できる強い組織に。 (そうでなければ……) 「お前の呪いが解けない」

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