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1.始まりの春(2)
薄く白っぽいピンクの桜の花びらが風に舞っている。
校門近くの桜並木から、いつ止むとなく降ってくる。
春は好きになれない。
ゆるゆるとした上り坂をのぼりきると、これから通うことになる美桜台 高校の校舎が見えてきた。
俺と同じようにこれからこの学校に通う同級生。そしてその親らしき大人たち。それが、ぞろぞろと校門の中に入っていく。
俺も、本当だったら、親父が一緒に来てくれるはずだったけど、急な出張で行けなくなり、母も、ずっと入院しているから、一人で来ることになってしまった。
一人でいることには慣れているから、あまり気にならなかったけれど、人の楽しそうな様子を見ると、少しだけ寂しい気持ちが湧いてくるのは、どうしようもない。
小さくため息をつきながら、校門に入ると、
「要」
優しく、俺の名前を呼ぶ人がいた。
「し……鴻上 さん……」
サラサラした黒髪に、切れ長の瞳。ニキビのない綺麗な白い肌をしたこの人は、男の俺でも見惚れてしまう。
「入学おめでとう」
俺と同じ制服を着ているのに、すっかり着こなしているのは、彼がすでに3年生だから、というのもあるけれど。まるでモデルのような容貌をしているせいもあると思う。
そんな彼の笑顔を、ぼーっと見惚れるのは、俺ばかりではなく、近くを通りすぎていく女子や、その母親たちも同じ。
剣道場で聞く鋭い気合いの声とは違い、優しい声。
「あ、ありがとうございます」
軽くお辞儀をすると、俺はクラスの掲示されている場所に向かう。
「要は、2組だったよ」
「えっ?」
まさかついてきてるとは思わず、後ろからの声に驚いてしまう。言われて2組の貼りだされている紙に目をやる。
『獅子倉 要 』
確かに、俺の名前があった。
「ありがとうございます。教えていただいて」
軽く会釈をすると、そのまま鴻上さんから離れようとした。
「いいや。教室まで案内するよ」
「えっ?」
ニコリと笑って、それだけ言うと、鴻上さんは昇降口のほうに向かっていくから、俺も慌ててついていった。
何を話すでもなく、教室までの道を歩くのは、なんとも居心地が悪くて、さっさと教室につかないかな、と思ってしまう。
女子生徒たちの熱い視線が鴻上さんを追いかけているから、余計に。
教室につくと、席順が黒板に書きだされていた。俺の席は窓側から2列目の一番後ろ。
「一番後ろか。意外に目立つから、居眠りするなよ」
そう言って、俺の肩をポンと叩くと"じゃあな"と言って離れていった。
颯爽と去っていく姿が、今でもカッコイイな、と思いながら、昔のことを思い出してしまう。
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