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第1話

 幼い頃からよく見る夢がある。  女の子の手を握りしめ、互いに見つめ合っているシーン。  女の子はいつも泣きながら俺に懇願するのだ。 『必ず迎えに来て。いつか、必ず』 『あぁ、行くよ。だから忘れるな、絶対に』  俺はそう言ってもう一度固く手を握り、その子にキスをする。  その子の顔は靄がかって見えないけれど、口元は緩やかに弧を描いている。それを見た俺はホッとして絡めていた指を解き、暗い暗い奈落の底に落ちていくのだ。  ハッと目を開けるとそこには見慣れた天井。  またあの夢を見たな……とふと横を向けば、隣には裸の女の子が寝ていた。  えっとー、名前は何だっけこの子は……昨日ナンパしてお持ち帰りしたんだけど。  途端にドタドタと階段を登ってくる足音が聞こえる。  ゲッ、と思ったのも束の間、襖がスパーンと勢いよく横に引かれ、その先には鬼の形相をした親父が立っていた。 「桃っ! まーたお前は若いおなごを連れ込んでっ!!」 「勝手に開けてんじゃねぇぞクソジジイ!」  負けじと大声を出してベッドから降りると、下半身にかかっていたシーツが虚しくも床に落ちて大事なところがポロリした。  それを目にした親父はますます顔をわなわなとさせて「話があるから、服を着て下に降りてきなさい!」と言ってドカドカと階段を降りていった。 「桃ちゃんのパパって怖〜い」 「あぁ起きたのか、おはよう」 「そりゃああんな大声出されたらね。私帰るね。また誘ってね、桃ちゃん」 「もちろん。気をつけてな」  裸の女は服を身につけてから、俺に軽いキスをして部屋を出ていった。  俺も身支度を整えてから階段を降り、居間の襖を恐る恐る開ける。すると両手で顔を覆ってしくしくと泣いている母が目に入ってギョッとした。  女の涙に俺は弱いのだ。 「おいおいお袋、朝から何泣いてんだよ」 「だって桃ちゃんが……」 「俺が何だよ?」 「桃!いいからそこに正座しなさーいっ!」 「うるせぇな親父!いちいち大声出さなくても聞こえてるんだっつーの」  お袋は泣き虫、親父は怒鳴り虫。  まぁこの二人とは血は繋がっていないが。  俺はふぅっとため息を吐いてから大人しく畳の上に正座をした。 「桃。先程のお嬢さんとはどこで知り合った?」 「クラブで。ナンパした」 「……お前は毎日毎日、そんな生活をしていて恥ずかしくないのかぁ!」 「全然」  全く俺の心に響かない事に呆れた父は、怒りを通り越して呆れたようだ。こめかみに手をあてながら、うんうんと唸っている。  隣の母はますます声を上げて泣いている。  父はとりあえず冷静な口調で言った。 「お前は俺たちの宝だ。天使だ。どんぶらこっこと川の上流から大きな桃が流れてきて、パカッと割ったら赤ん坊のお前が飛び出してきた時、奇跡が起こったと思ったよ。きっと神様が俺たちに授けて下さったのだと、それはもう毎日大切に大事に育ててきたよ」 「うんうん、そうね……。子供はもう諦めていたから、貴方を見て天にも登る気持ちだったわ。この子は、例え何があっても幸せにしてみせると誓ったわ……」 「あぁ、まぁその節はホントに感謝してます」

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