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「司、お前また俺の体操服を勝手に持って行っただろ」 「あ?」  「あ? じゃあねぇよ。今お前が着ているそれ! 俺の体操服だろう? 次の時間体育なの、早く脱いで返せ!」 移動教室から戻ると、閉めたはずの鞄が開けられており、入れていた体操服が消えていた。こんな勝手なことをするのはアイツしかいないと思い廊下へ出れば、授業を終えて戻ってきた隣のクラスの司と目が合った。彼が着ている体操服の胸元には「有栖川」と俺の名字が刺繍されていて、やっぱり司が取って行ったのだとため息が漏れる。 「借りるなら借りるって一言伝えるべきじゃあないのか?」 「オメガのくせに俺に刃向かうんだ?」 「刃向かう? 常識の話をしてるんだよ俺は」 「ちゃんと返しに来たんだからいいだろ」 「良くない! 俺が持ってきた俺の体操服なのに、どうしてお前の汗で汚れた後に着なければならないんだ?」 去年同じクラスになって、彼とはいつも言い合いばかりしていた。嫌いなわけじゃあないけれど、気に入らないことが多すぎて、俺が怒鳴ることをきっかけにして喧嘩が絶えなかった。学年が上がってクラスが変わり、これで解放されるかと思えば、司は今みたいに勝手なことをするしで、物理的には離れたはずなのに去年と何ら変わりのない関係を送っている。 「汚れたって……、ちょっと汗かいたくらいだし、土とか砂ぼこりとかでは汚してねぇよ? だいたい今日は俺のクラスの方が先に体育があったんだし仕方ねぇだろ」 「なぁにが仕方ないだ! お前が自分で持ってくれば良かっただけだろ!」 とっとと脱げ! ともう一度そう言うと、司はためらうことなく俺の目の前でそれを脱いだ。自分の教室へ戻って急いで着替えて返すべきだとそういう意味で言ったのに、司には通じなかった。人だってたくさんいるのに。 「ほぅら、脱いでやったぜ」 「くっ、」 これで文句はないだろうと、なぜか得意げな顔をして、司は脱いだばかりのそれを俺の頭へと被せた。 「待って、今こうして被せられても意味ない! 下に制服着たままだし、無理、やめろ!」 「今すぐ脱げってことは今すぐ返してほしいってことでそれは今すぐお前がこれを着たいからだろう?」 「めちゃくちゃだ! そうだけどそうじゃあない!」 激しく抵抗してみたけれど、身長は変わらないのに体格は司の方が良いのだ。簡単に押さえつけられてしまう。 「汗くせぇ!」 「臭くねぇだろ! ちゃと嗅いでみろよ」 「っぷは、……ンッ、」   少しだけ湿っているその体操服の匂いなんて絶対に嗅ぎたくないと息を止めていたのに、限界で思いっきり吸い込んでしまった。予想とは違い、不潔というよりはただ司の匂いが強くなっているだけのそれは、俺の中で何かを押したようで電気が走るように刺激が全身を駆け抜けた。 「……はぁ、うっ、」 「真人?」 「も、やめ、」 それはまるで発情期に似た感覚で。へたりと座り込んだ俺の頭上から心配した司の声が聞こえる。 おかしい。発情期は二週間前に終わったはずなのに。このペースで次が来るわけがない。 「司、ごめ、離れて」 「真人、お前、この匂い、」 「俺、ちょっと、」 司の匂いにやられてしまったって、そういうこと? 元々アルファの特性が強いとは思っていたけれど、だからと言ってコイツのせいでこんなことになるだなんて。何かあった時のためにとポケットに入れていた薬を確認し、首に巻かれるように被せられていた体操服を取っ払うと、司の胸を思いっきり押した。震える手で容器から薬を取り出し、水もなしに飲み込む。 「頼むから離れてっ、」 「離れるも何も、こんな人目の多いこの場所でこんなことになってんのにほっとけるかよ。つーか俺のせい、だよな……?」 司は、俺のフェロモンでやられちまったか~? なんてヘラヘラと言葉を続けたものの、その表情は真剣で。俺の脇へと腕を入れ、抱え上げるように立たせてくれた。 「ちょっと真人を連れて行くわ。体調悪くなったって、先生に言っておいてくれ」   近くで見ていた俺のクラスメートにそう一言声をかけ、司は落ちていた体操服を拾った。 上半身裸の司に発情期さながらに息の荒くなっている俺。端から見ればおかしなこの状況だけれどそれを気にする余裕も笑う余裕もない。 司の肌に直接触れているせいか、体の熱がどんどん上がってくる。息も苦しくて支えなしでは立っていられない程だ。 「とりあえず空き教室連れて行く」 「でもっ、俺、」 「発情期なんか知らねぇけど、一人にできねぇって言ってんだろ」

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