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雨の中の邂逅(2)

 ずっと、思っていた。  此処から出たいって。  10歳の誕生日を迎えたあの日から、ずっと考えていた。  ささやかでいい。  大好きな人と、日々の小さな幸せに感謝しながら生きていくことが出来たらどんなにいいだろうって。  本当にずっと夢見ていたんだ……。    ◆◇◆◇◆  灰色の空から落ちてくる水滴が、僕の全身を濡らす。 「……冷的(寒い)……」  ポツリと呟くと、白い息が外気に溶けて消えた。  4月とはいえ、雨が降るとさすがに冷え込んでくる夕刻に、傘もささず一人で横浜の中華街をフラフラと歩いて行く僕は、他人の目にどう映っているのだろう。  ふと視線を横にやると、ショーウィンドウに映った自分の姿を見つけた。 「……」  雨に濡れてしっとりと額や頬に張り付く長い黒髪。  亡き母親に良く似ていると言われた顔立ちは、男なのに大きめなエメラルドグリーンの瞳、ぷっくりとした薄紅の唇、きめこまかな白い肌。それらは全てコンプレックスを感じさせる造りでしかなくて。  もう少しだけ、あと少しだけ、僕が男らしかったら運命は今とは違ったものになっていたのかな?  そんな思いが脳裏に浮かんだ途端、悲しいのか悔しいのか、もしかしたらその両方なのかもしれない気持ちで胸が一杯になって、じわりと涙が滲んだ。 (泣くな! 泣いたってどうしようもない!)  ぐっと奥歯を噛みしめて、手の甲で目尻の涙を拭う。  その時、ドクンと心臓が大きく鳴った。 「……っ!」  鮮やかな翡翠の生地に白い牡丹の花の刺繍が施されたチャイナ服。  その袖口から覗いた手首に、くっきりと残る赤い傷痕。 「あ……、昨天(昨日の)……」  ぞくりとした悪寒にも似た感覚が、背筋を走った。  甦る昨夜の記憶。    ◆◇◆◇◆ 「白龍(パイロン)。もう、許し……てっ。苦しい……!」 「駄目だよ。これはお仕置きだって言っただろう?」  一目で高価な物と判断出来る上品な家具が揃った、広さ二十畳程の部屋の中央。  シャンデリアに掛けられた鎖の両端に手錠が繋がり、それに僕は全裸で手首を拘束されていた。  小刻みに躰が震えているのは、寒さのせいじゃない。  本来、排泄に使われる箇所に埋め込まれているモノが与える快楽と、その快楽を放出する為の唯一の器官の根本を、光沢のある黒いリボンできつく縛られているせいだ。 「もぅ……、いやぁ……。僕が、何をしたって……言うの?」  涙を流し躰をくねらせ、必死に快楽に飲まれまいとしつつ、自分の前に立つ男に問う。 「自分が何をしたか忘れてしまったのかい、水月(シュイユエ)?」  僕の頬、首筋、胸と、指先で優しく触れていきながら紡がれる白龍の言葉に、僕は首を左右に振った。 「何も……。僕、何も……して、ないっ」  僕の返答に、彼は仕方ないなあとでも言うように軽く溜め息を吐くと 「忘れたのなら思い出させてあげよう。……今朝、紅龍(ホンロン)と庭で抱き合っていたね」  白龍が、今朝の散歩中に起こったアクシデントのことを言ってるのだと理解した僕は 「誤解だ……!」  あれは(つまづ)いた僕をただ抱き止めてくれただけだと説明する。  籠の鳥状態で白龍に囲われている僕の監視役兼世話役として、一日の殆どを僕と共に過ごしている紅龍。  食事の時と僕を抱く時以外は全くと言っていい程顔を合わせない白龍と違って、四六時中一緒にいる紅龍の方に好意を持つのは止めようもないことで……。  紅龍が僕のご主人様だったら良かったのにと考えないことがなかったと言えば嘘になるけど。 「抱き合ってた訳じゃ……ない!」 「素直に謝れば許してあげようと思っていたが……」 (僕は何も悪いことなんてしていない。だから、謝る必要なんてない)  そう思って唇を噛みしめる。  白龍は右手を僕の顔の前に持ってくると、そこに握られている淫具の遠隔操作スイッチを僕に見せた。  そして、ゆっくりと目盛りを微弱から弱へ、弱から中へ動かしていく。  キュッと唇を真横に引き結び、僕は徐々に強くなる快楽の波に抗おうとするが、どうしても堪えきれず小さな声が洩れてしまう。 「水月は、本当に、強情だね」  一語ずつ区切りながら、白龍は僕の後孔に埋めた淫具の振動レベルを更に強くしていき 「それとも、この玩具(おもちゃ)が、そんなに気に入っているのかな?」  と、言い終えるや否や一気に最強にした。 「ひぁあ……、だめっ、やぁ……あ、あン!」  行き場のない熱が、ぐるぐると全身を巡り僕の正気を焼き尽くす。

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