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雨の中の邂逅(3)

「お願……っ、止め……っ、くぅぅ……んッ」  僕の躰が(おこり)のように震えるのに合わせて、ガシャガシャと鎖が鳴りシャンデリアが揺れる。 「楽しそうだね。これじゃあ、お仕置きしているのか遊ばせているのか解らないな」 「は、ン……っ、あ……ひあぅん!」  白龍が何か言っている。  僕は何を言っている。  もう、何も解らない。 「あふ……ッ、だめ、いやっ、だめぇ……っ、んン、ああぁ……ッ!」  ただ首を激しく左右に振り、啼くことしか出来ない僕を見つめる白龍の双眸には嫉妬と欲情の色が浮かんでいた。 (蕩ける……っ!)  そう思った途端、意識が途切れた。    ◆◇◆◇◆  大きく深呼吸を一つして、両手首を交互にそっと擦る。 「……紅龍……」  僕を逃がしてくれた人のことが気掛かりだったけど、もうあそこには戻りたくない。絶対に。 「謝謝(ありがとう)。……我很抱歉(ごめんなさい)」  あの屋敷でたった一人、僕の味方だった彼への思慕を断ち切るようにショーウィンドウに背を向け、その場を離れようとした僕は、自分の背後を歩いていた人にぶつかってしまう。 「っと、危ない」 「あ……っ、我很抱歉」  まさか人がいるとは思ってなかった。 「え、何? 中国語?」  僕がぶつかった相手は、まじまじと僕を見て 「君、中国人(チャイニーズ)? どうしたの、こんなずぶ濡れで? 迷子かな?」  矢継ぎ早に質問を投げ掛けてきた。 「……」  僕が何も答えずにいると 「もしかして、日本語解らない? あー、えっと、……迷路(迷子)? ……って、参ったなぁ。俺、中国語は殆ど喋れないんだよね」 「……ふふ……っ」  思わず吹き出してしまった。  彼の焦り方が何だかとても可愛く見えて。 「大丈夫です。僕、日本語解りますから」 「……あ、そうなの……? そ、それならそうと早く言ってくれよ。焦ったじゃないか、もう」  照れ隠しのようにコホンと咳払いする青年。  それが又、微笑ましい。 「ごめんなさい」 「いいよ、別に。それより、君、この近くに住んでる人? 傘もささずに。ずぶ濡れじゃないか。家まで送って行こうか?」  自分の傘を半分、僕の方へ傾けて彼は優しげに微笑む。 「あ……、家は……」 (どうしよう)  白龍の屋敷以外、僕には家なんて呼べるところはないし、あそこに戻るつもりもない。  僕が言い淀んでいると何か察したのか、彼は 「家には帰りたくない?」  ポンと僕の頭に傘を持っていない方の手を置き 「だったら、俺の家に来るかい?」  いきなり、とんでもない言葉を口にする。 「えっ?」  僕は自分の耳を疑った。  だって、あり得ない。  ほんの数分前に逢ったばかりの見知らぬ他人を、ずぶ濡れで住所不定な人物を、家に招き入れるなんて。 (人を見たら泥棒と思えって言葉が、昔から日本にはあるんじゃないのか? 僕はあまりその言葉は好きじゃないけど……)  でも、性善説を信じてる訳じゃないから、良く知りもしない相手に対してある程度の警戒心は必要だと思う。 「うん、そうしよう。決定」 「えっ? 決定って……」  急に決まったことに思考が追い付かないまま、僕は彼の家に連れて行かれた。

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