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重なる想い(2)

 彰史さんと暮らし始めて一ヶ月が過ぎようとしていた。 「水月、沢渡さんのハムスターに餌やっておいてくれ」 「はい」 「それが終わったら、織田さんの犬のブラッシングを頼む」 「解りました」  獣医師免許のない僕は、医療行為は出来ないけどそれ以外の雑用を引き受けていた。 「よく働く子が来てくれて良かったねぇ、先生」  飼い犬の予防接種に来ていた椎名さんが彰史さんに話し掛けている。 「ええ、本当に助かってます。水月が女の子だったら僕のお嫁さんになって欲しいんですけどね」 「本当、残念だねぇ」  お嫁さんになって欲しいと言われてドキッとなる。  彰史さんのお嫁さんになる人は、どんな人だろう……。 (そう言えば、彰史さんって恋人いるのかな。……いる……よね、きっと)  まだ逢ったことはないけど、彰史さん、素敵だからそういう人がいても不思議じゃない。  そう思ったら、何だか心臓の辺りに痛みを感じた。 「……あれ……?」  どうしたんだろう。何処かにぶつけたかな?  胸に手を当て擦ってみたが、もう痛みはない。  変だなと思いつつも僕は作業を続ける。    ◆◇◆◇◆  その後、しばらくは胸の痛みもなくて、僕はすっかりそのことを忘れていた。  その痛みが再び僕を襲ったのは三日後の夕方。  猫の様子がおかしいと女性が彰史さんの病院に駆け込んで来た。  診断の結果、風邪を引いていただけで注射と二、三日分の薬を処方して、後は自宅で暖かくして寝かせてやれば良くなるらしく、僕はホッとする。  が、飼い主の女性はそうじゃないみたいで、猫を入院させてくれと言い出した。 「入院する程じゃないですよ」 「連れて帰っている途中、容態が急変するかもしれないじゃない」 「そうならないよう注射を射ちましたから安心してください」 「でも……!」  余程この猫が大事なんだろう。泣きそうになりながら彰史さんに訴えている。 「大丈夫。僕を信じてください」  ぽん……と、その時、彰史さんは女性の頭に優しく手を置く。  それを見た瞬間、僕の心臓が締め付けられたように痛む。 (あの動作……僕にだけじゃなくて、誰にでもするんだ)  その途端に、涙が零れた。 「水月? どうしたんだ?」  女性の相手をしていた彰史さんが、僕の方を見て驚いた声を上げ、女性も何があったのかという顔で僕を見ている。  僕は何も言えず、数秒、彰史さんを見つめた後、病院を飛び出した。 「水月……!?」  彰史さんの慌てた声が背後で聞こえた。    ◆◇◆◇◆  彰史さん、驚いてた。 「泣いたりして、変に思ったよね。……仕事も放り出して来ちゃった」  公園の片隅のベンチに座り、すっかり日も暮れ星の瞬く空を眺めている僕。  涙が心の霧を洗い流してくれたのか。クリアになった心の真ん中に、小さな想いが芽吹いているのを見つけた。 「僕……彰史さんのことが……」 (彰史さんが好き) 「こんなところにいたのか」  僕が自分の気持ちに気付くのを待っていたようなタイミングで彰史さんが現れる。 「心配したんだぞ」  僅かに息を切らして彼は、「めっ」と子供を叱りつけるみたいに僕を叱った。 「ごめんなさい。……あの、患者さんは?」 「何とか納得させて帰らせた」 「そうですか」 「さ、俺達も帰ろう」  ぽんぽんと、僕の頭に置かれる彰史さんの手。 「あの、彰史さん。お願いがあります。一つだけ……我儘聞いてもらってもいいですか?」 「ん、何だ? 俺に出来ることなら」  心臓がバクバク鳴っている。  握り締めた掌に汗が滲んでくる。 「こんなこと言う僕を、軽蔑したり嫌ったりしないでくださいね」 「大丈夫だ。軽蔑したり嫌ったりしないよ」  僕は大きく深呼吸して 「……一度だけ僕に、……キス、してください……」 (そうしたら、この想いは必ず封印するから)  彰史さんに好きだなんて言わない。  そして、あの家も出よう。

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