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愛を、地上(ここ)より永遠(とわ)に…(3)
(帰って来たんだ)
そっと甘えるように彰史さんの躰にすりよる。
「白龍に連れ戻されて……もう此処に帰って来ることが出来ないって思っていました」
ほんの一日しか経っていないのに、何年も留守にしていたように感じる。
「今、僕が此処にいることは夢じゃないですよね……?」
「夢じゃないさ」
彰史さんの右手が僕の頬を撫でた。
それが合図であるかのように僕は、やや顔を上げ目を閉じる。
彰史さんの顔が近付いて来る気配がして。
その時、コホンと一つ咳払いが聞こえた。
「朝食の用意が出来たのですが……」
「少しは気を利かせろよ、紅龍」
「昨夜、車の中では気を利かせたつもりです……」
彰史さんと紅龍の会話に僕は顔を赤く染める。
◆◇◆◇◆
朝食を済ませてリビングに僕、彰史さん、紅龍は移動する。
「彰史さんと紅龍は知り合いだったんですか?」
「ああ」
と、彰史さん。
いつから知り合いなのかと問う僕に、紅龍が
「水月、覚えていないか? お前は昔一度、彰史様に逢ったことがあるんだ」
「え、本当に?」
驚いて彰史さんの顔を見る。
彰史さんは頷いて
「水月が白龍に買われたばかりの頃だ。奴は盛大にお前のお披露目パーティーを開いたことがあっただろう?」
それは覚えている。
豪華な服を着せられ、大人達の好奇の目に晒された苦い記憶。
「その時、俺も其処にいたんだよ。父親と一緒に」
「彰史さんが、あの会場に?」
「パーティーの最中、庭に出て一人で泣いていただろ」
「……いきなり見知らぬ国に連れて来られて、一人ぼっちで寂しくて……」
でも、その時一人の少年が慰めてくれたんだ。
あれは……、もしかして
「あの少年は、彰史さん?」
僕の言葉に彰史さんは微笑みで答える。
「その後だよ。彰史様が俺のところに来てこう言われたんだ。『いつか水月を笑顔にしてやりたい。でも今は無理だから、その日が来るまで守っていてくれ』とね」
「七年かかった。その七年で俺は跡目を継ぎ、お前と紅龍を迎え入れる準備をした」
スッ、と紅龍が彰史さんの足許に膝を折る。
「改めて、よろしくお願いいたします、彰史様」
「彰史でいい。跡目を継いだとはいっても、普段の俺は町の獣医師だからな」
「ですが、貴方は私の主ですので……」
「だから、主とかそういうのじゃなくて友人として迎え入れるって言ってるだろう!? 頭の固い奴だな」
「ですが、それでは他の方に示しが付かないのでは……」
「俺がいいって言ったらいいんだよ!」
二人のやり取りを聞きながら、僕はくすくす笑った。
◆◇◆◇◆
「子供の頃、月が欲しくてよく駄々をこねたな」
彰史さんの部屋のリビング。
電気を消してソファーに二人並んで座り、ベランダの窓から射し込む十五夜の月明かりを眺める。
「実家の庭の池に映った月を捕ろうとしたこともあった」
「可愛いですね。……それじゃあ、今は?」
「今は、もう空に浮かぶ月はいらない。地上の月を捕まえたから……」
そっと僕の肩を抱き寄せ、彰史さんの瞳が僕を映す。
「……彰史さん……」
その綺麗な榛色に見え隠れする欲望に、僕は身を委ねた。
~終~
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