16 / 111
第16話 マナーは守るタイプです。
聖先輩の透明なビニール傘につく水滴と、その下にいる先輩の蜂蜜色の髪と端正な横顔が綺麗で。
きっと相当モテるだろうに、彼女とかいないのかなこの人……と思いながらじっと見つめていると。
「あんま見られると、照れるんだけど」
先輩は前を向いたままぽつりと漏らした。
「あぁすいません。格好良かったんで、つい見蕩れちゃいました」
そう言うと、先輩は「うっせえな」と言いながら唇をギュッと結んだ。
そう言いながらもなんか嬉しそう。
ぼくはギョッとして、慌てて前を向き直す。
(いけないいけない。全く恋愛感情なんてないから、本音がさらっと出てしまった。歩太先輩には照れてなかなか言えないくせに)
余計に勘違いさせるような事を言ってどうするんだ、とポカポカと頭を叩いていると、目の前の横断歩道の信号機が点滅していたのに気付き、立ち止まった。
ここは交通量が少ないから、車は滅多に通らない場所だ。信号が赤になっても、駅の方へ向かう学校帰りの生徒らは、ぼくらの横を通り過ぎ渡っていく。これはごく当たり前の風景だ。
「お前のそういうところが、いいなと思って」
隣にいる聖先輩は、やっぱり前を向いたまま呟いたので、ぼくは首を傾げた。
「そういうところって?」
「赤信号はちゃんと止まるところ」
何を言われているのかさっぱり判らない。
赤信号は止まれ、青信号はすすめに従ってやっているだけだ。
確かに周りの生徒は皆横断歩道を渡っていく。立ち止まっている生徒は、ぼくらともう一人の生徒だけだ。
青に変わったので、渡りながらぼくは先輩に尋ねた。
「あの、聖先輩って、ぼくのことを前から知ってたんですか?」
「うん。半月くらい前かな。歩太にやけに元気よく挨拶する奴がいるなぁって思ってた」
そんな前からぼくを見ていたのか。
ぼくは歩太先輩に夢中で、誰かに見られているだなんて想像もつかなかった。
「たまに、帰りも一緒になった。お前の真後ろを歩いてたことも何度かある。気付かなかった?」
「えっ、そうなんですか」
「その時に見たお前も、さっきみたいに赤信号でちゃんと止まってた。車なんて来るはずないのに、立ち止まって」
「えぇー見られてたんですか。なんだか恥ずかしい」
「最初は、他人が見てるからやってんだろうって思ってた。けど珍しくお前が一人きりの時があったんだけど、その時も同じだった。ちゃんと立ち止まってた。そういうところが、いいなと思って」
「けど、赤信号は止まるだなんて当たり前の事ですよ」
「それはそうだけど、当たり前の事を当たり前にするのって案外忘れてたり、難しかったりするだろ」
だからぼくを好きになったと?
一刻も早くお付き合いを解消してほしいところだが、そんな理由でぼくを好きになってくれて(しかもわりとイケメンから好かれて)嬉しくないはずがない。
さり気なく歩幅も合わせてくれている先輩に、少しだけ感謝した。
ともだちにシェアしよう!