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第16話 マナーは守るタイプです。

 聖先輩の透明なビニール傘につく水滴と、その下にいる先輩の蜂蜜色の髪と端正な横顔が綺麗で。  きっと相当モテるだろうに、彼女とかいないのかなこの人……と思いながらじっと見つめていると。 「あんま見られると、照れるんだけど」  先輩は前を向いたままぽつりと漏らした。 「あぁすいません。格好良かったんで、つい見蕩れちゃいました」  そう言うと、先輩は「うっせえな」と言いながら唇をギュッと結んだ。  そう言いながらもなんか嬉しそう。  ぼくはギョッとして、慌てて前を向き直す。  (いけないいけない。全く恋愛感情なんてないから、本音がさらっと出てしまった。歩太先輩には照れてなかなか言えないくせに)  余計に勘違いさせるような事を言ってどうするんだ、とポカポカと頭を叩いていると、目の前の横断歩道の信号機が点滅していたのに気付き、立ち止まった。  ここは交通量が少ないから、車は滅多に通らない場所だ。信号が赤になっても、駅の方へ向かう学校帰りの生徒らは、ぼくらの横を通り過ぎ渡っていく。これはごく当たり前の風景だ。 「お前のそういうところが、いいなと思って」  隣にいる聖先輩は、やっぱり前を向いたまま呟いたので、ぼくは首を傾げた。 「そういうところって?」 「赤信号はちゃんと止まるところ」  何を言われているのかさっぱり判らない。  赤信号は止まれ、青信号はすすめに従ってやっているだけだ。  確かに周りの生徒は皆横断歩道を渡っていく。立ち止まっている生徒は、ぼくらともう一人の生徒だけだ。  青に変わったので、渡りながらぼくは先輩に尋ねた。 「あの、聖先輩って、ぼくのことを前から知ってたんですか?」 「うん。半月くらい前かな。歩太にやけに元気よく挨拶する奴がいるなぁって思ってた」  そんな前からぼくを見ていたのか。  ぼくは歩太先輩に夢中で、誰かに見られているだなんて想像もつかなかった。 「たまに、帰りも一緒になった。お前の真後ろを歩いてたことも何度かある。気付かなかった?」 「えっ、そうなんですか」 「その時に見たお前も、さっきみたいに赤信号でちゃんと止まってた。車なんて来るはずないのに、立ち止まって」 「えぇー見られてたんですか。なんだか恥ずかしい」 「最初は、他人が見てるからやってんだろうって思ってた。けど珍しくお前が一人きりの時があったんだけど、その時も同じだった。ちゃんと立ち止まってた。そういうところが、いいなと思って」 「けど、赤信号は止まるだなんて当たり前の事ですよ」 「それはそうだけど、当たり前の事を当たり前にするのって案外忘れてたり、難しかったりするだろ」  だからぼくを好きになったと?  一刻も早くお付き合いを解消してほしいところだが、そんな理由でぼくを好きになってくれて(しかもわりとイケメンから好かれて)嬉しくないはずがない。  さり気なく歩幅も合わせてくれている先輩に、少しだけ感謝した。

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