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第81話 とても追い込まれた状況です。1
実際にそのシーンは見ていないのに、たやすく想像できた。
ぶつかってきた二年の首元を掴んで、睨む聖先輩。それを必死に止めようとする歩太先輩とその周りの人たち。
きっと修羅場になったのだろう。
「それで、相手は大丈夫だったんですか」
「あぁ。すぐに引き離したから怪我はなかったけど、聖は先生に連れられて、体育館を出ていった。試合再開になっても結局戻ってこなくて、聖なしで試合したんだ。先生に聞いたら、いま反省文書かされてるって。全く、いくらカッとなったからってあんな事して。冷や汗ものだったよ」
困ったように笑う歩太先輩を見て、ぼくも少し笑う。
聖先輩をそうさせてしまったのはぼくのせいだ。悪い事したなぁ……
「聖があそこまで怒るだなんて、久しぶりに見たよ。それに小峰も、聖が相手チームにわざと倒された時に真っ先に駆け寄って、心配そうに腕を掴んでたよね」
歩太先輩は教科書に書かれている文字を読み上げているみたいにスラスラと言葉を発して、ベッドの上に膝をついた。そして白のパイプ部分を持って、僕の目の前に顔を寄せた。
心臓がドキドキと言っているのは羞恥からではない。
なんか、怖い。凝視してくる歩太先輩が怖い。そして先輩が何を言いたいのか、分かってしまった気がする。
腹に力を込めたからか、ちくっとした痛みが体に走った。
「いたっ……」
「あ、大丈夫? やっぱり病院でちゃんと見てもらった方がいいな。見た目だけじゃ分からない事もあるから」
「……え、見た目、って」
「さっき、見させてもらった。小峰の上半身を」
……歩太先輩が、ぼくの体を見た?
それが一体何を意味するのか、ぼくは一瞬で悟った。
その刹那、ぼくのTシャツが先輩に掴まれて、徐々に捲り上げられる。
「ちょ、ちょ……っ」と抗ってはみたものの、すぐに胸のあたりまで捲られてしまった。
先輩は、ぼくのあらわになった素肌を見下ろす。
鎖骨の下には、くっきりと濃くなった鬱血痕が。
「あっ……こ、これは……」
「見つけた時、本当にビックリしたよ。これを付けたのって、もしかして……聖?」
指摘されてしまい、逃げ出したくなる。
違います、とも、そうです、とも言えなかった。
結局なんて答えればいいのか判らないまま、秒針の音だけが部屋に響く。
無言を肯定と捉えた歩太先輩は、少しだけ口角を上げた。
「聖も小峰も、酷いな。俺の知らない所で、そんなことになってただなんて」
歩太先輩は急に、手に力を込めた。
ぐっと押されたその箇所がジンと痺れて痛い。ぼくは顔を歪めるが、先輩は力を緩めることなく話を続ける。
「そうだ。もう一つ、伝えたいことがあったんだ」
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