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第82話 とても追い込まれた状況です。2

 歩太先輩の人差し指が、聖先輩に付けられたキスマークの上をツー……と行き来して、変な気分になりそうになった。  逃げたい。でもここから、逃げられない。  ぼくはじりじりと身を後退させているつもりだが、実際はほとんど動けていない。 「小峰が倒れる前に放ったシュート、あれ、入ったんだよ」 「え?」 「自分で見れなかったのは残念だったね。きれいな放物線を描いて、リングの中を通ってったんだよ。あんなトラブルが無ければ、みんな拍手喝采だったろうに、本当に残念だよ」 「そ、そうだったんですか」 「だから約束、覚えてるよな……? もし小峰が一度でも点を決めたら……」  俺の好きな人を、教えるって──      歩太先輩の唇が、その鬱血痕に触れた。  ぼくは信じられない思いで、先輩のつむじを見ていた。  どうしよう……!  顔から火が出そうだ。先輩がそこに、キスをしている。まるでその痣を拭き取るかのように。  背中に嫌な汗が一筋流れた。  心臓がバクバク鳴る。けどこれは、嬉しさからではない。  どうしてだろう。ぼくはずっと、歩太先輩にこうして触れられることを夢見ていた筈なのに。  いざこうなってみた今の感情は……怖い。  歩太先輩に、この行為を止めてほしいと思っている。こんな風に考えている自分がにわかに信じがたく、また嫌な汗が出てきた。    ……先輩。聖先輩! 助け── 「入ってねーだろ」  その不貞腐れた声にハッとして、ぼくはカーテンを凝視した。  歩太先輩も動きを止め、ゆっくりと体を起こしてベッドから降りる。その間にぼくはTシャツを下に引っ張って整えた。  歩太先輩がパーティションのカーテンを開けると、聖先輩はガラス玉のような目をしてそこに立っていた。 「嘘つくなよ。小峰は点を取ってない」 「ふふ、聖は真面目なんだか不真面目なんだか、判らないね」  聖先輩と歩太先輩の視線が、ぼくに同時に集まる。  かーっと顔が熱くなった。  聖先輩は、ぼくが歩太先輩に何をされていたのか分かったのだろうか。  どう言えばいいのだろう。  知らん顔して、いつもみたいに笑いかけて、「相手を殴ろうとしただなんて、ダメじゃないですかー」とキーキー言うべきなのか。でも両唇が張り付いてしまったように口が開かない。  空気が濃度を増していく中、何も知らないぼくの担任の先生が明るく入ってきた。 「小峰、気が付いたか。歩けるか? 車乗せてやるから、これから病院いくぞ」 「……あっ、はい……」  ぼくは先生に助けられた。  結局、ぼくは二人の横を何も言わずに通り過ぎ、保健室を後にした。

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