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最終回 君の住む街

それから。 明彦は休日になると、神楽団の練習を見に行くようになった。毎週ではないが行くたびに、いろんな人が野菜などをくれるので、最近は松浦に野菜をあげることもある。 遊びに行った際は大和の家に泊まる。数少ない逢瀬だ。呑みに出たり一日中家でゆっくりしたり。 逢えない時間を埋めるかのように過ごす。 毎回、帰る時には大和が明彦を離そうとしないので、困ってしまう。 嬉しい悩みだけど、と明彦は感じた。 たくさん抱き合って、キスをして帰路に着く。 そんな生活を数ヶ月続けたある日、笠原から明彦は呼び出しを受けた。 午後の麗らかな日差しが大きな窓から降り注ぐ、第二会議室。部屋に明彦が入ると少し苦い顔をした。 (何かやらかしたっけ) 明彦がおずおずと笠原を見ると、思い口を開いた。 「悪いんだけどな、東條。また移動だ」 「えっ!」 「しかも今回は『在籍出向』じゃない。『転籍出向』になる」 在籍出向は会社に籍を置いたまま、他の会社で仕事をするが転籍出向は会社の籍を抜く。つまり一旦この会社を退職し、転籍先の社員となるのだ。 それはここに戻らない事を意味する。 多少青くなりうなだれる明彦を見て、笠原はすまんなと伝えた。 「お前がなんかやらかしたわけじゃないぞ。いいか、向こうさんがどうしてもお前が欲しいって何度も打診に来たんだ」 へっ、と顔を上げるとさっきまで苦い顔をしていた笠原が笑っていた。 「しっかり仕事と神楽に勤しむ事だな」 辞令の用紙を手渡され、書かれていた社名を見て明彦は驚く。 それは以前出向したあの新井がいる会社だ。 「いいか、お前さんはここじゃどうにも力が発揮出来んようだからな。先方から望まれてるうちが花だぞ。本領発揮出来るあっちでがんばれ」 笠原は明彦の肩を叩きそう言う。笠原らしい、餞の言葉に、鼻がツンとして泣きそうになった。 「えっ転籍?!向こうで暮らすのか」 その日の昼休憩に松浦へ報告すると、かなり驚いていたがまあお前としては万々歳だなと笑う。 あっちの方がお前はお似合いだよとさんま定食を突く。 「色々ありがとな、松浦」 「転籍が決まったのは俺の力じゃねぇよ」 きっと松浦があの時いなければ、このまま転籍しても大和とはギクシャクしたままだっただろう。 流石に大和と付き合っているとは言ってないが、松浦なら祝福してくれるだろう。 「旅行がてら遊びに来てくれよ。彼女と一緒にさ」 「…彼女、ね」 顔を赤らめて松浦が力無く笑う。 なんだよ、彼女じゃないのか?愛人か?と明彦も笑う。うーん、と松浦は少し考えてこう答えた。 「彼女というより彼氏かな…バスガイドじゃなくて運転手さん」 「…えええ?!」 明彦は危うくお茶を吹きそうになった。 電話で大和にそっち暮らせることになったと告げると声を上げて喜んでいた。後日、早速山野さんや神楽団のメンバー、新井たちに伝えると大喜びしていたよと教えてくれた。 自分が帰る事をこんな大勢の人が喜んでくれるなんて、とまたもや泣きそうになる。どうも最近涙腺が緩くて困る。歳かなあと苦笑いする。 そしていよいよ引っ越しの当日。 前日は職場で送別会があり松浦や笠原が見送ってくれた。家に戻ると大和が待っていた。 「おかえり」 明日から一緒に暮らすのに、わざわざ前日に泊まりに来たのだ。一緒に帰ろうと柄にもなく甘い事を言ってきた。 「…ただいま」 まだまだ照れ臭くて、明彦は慣れない。 スーツを脱ぎ、部屋着に着替えると背後から大和が抱きついてくる。この恋人は、なにかと甘えたがりだ。 「お前ほんとに抱きつくの好きだよなぁ」 「誰でもするわけじゃないけど」 「当たり前だ、バカ」 神楽で見せた凛々しい素戔嗚尊(すさのおのみこと)からは想像できないような姿に明彦は思わず笑う。 「何だよ」 「甘えたがりの素戔嗚尊だなと思って」 「…そんなの聞いたら、舞えなくなるだろ」 二人、笑いながらキスをした。 みんなが待つ街に、バスで帰る二人。 初めて行った時の気持ちを思い出しながら明彦は改めて自分は恵まれているなあと感じた。 あの時不安でしかなかった田舎の景色も今は嬉しくてたまらない。 近くに見えてきたバス停には、山野や神楽団のメンバーなどいろんな人が出迎えてくれているのが見えた。 隣に座る大和の手をギュッと結び明彦は前を向いて笑う。 これから始まる新しくも懐かしい生活に胸を弾ませながら。 またあの満天の星空を見ながら、大和と歩いていくのだ。 【了】

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