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序章――弘輝

「お願いだ……弘輝(こうき)」  俺の腕を掴む手は、骨と皮しかないのに、痛いほどの力強さがあった。 「お前にしか、頼めない」  こぼれる言葉は、掠れた声で紡がれて、時々その隙間から弱々しい笛の音のような息が洩れる。しゃべるのでさえ困難なのに、腕を掴む力は緩まない。 「たったひとつの、僕の望みを……叶えてくれ」  蝋燭がその姿を消す前に見せる最後の灯火を、俺は彼に重ねていた。 「頼んだよ……弘輝」  俺が黙って頷くと、彼は満足そうに笑って目を閉じた。  その微笑みは、今すぐ消えそうなほど儚いのに、眩しいほどの輝きと力強さと美しさを見せていた。 「ナースコールを押してくれ」  囁くように、目を閉じたまま彼が言った。言われた通りに、彼の傍らにあるそれを押す。程なくして、医者や看護師がやってきた。  彼が目を開けることは、二度となかった。

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