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俺の堕天使

 部屋中にたちこめる煙とけだるい空気。それに身を委ねるように、意味もなく笑い合う連中。  男も女も関係なく、快楽という名の毒に侵されていく。  そんな中、俺がひとり冷めた目でこの部屋の光景を眺めているのは、みんなと違って素面(しらふ)だからだろうか。  クラブで知り合った遊び仲間に「パーティーやるから、ウチに来いよ」と誘われた。  軽い気持ちでソイツのマンションに行ったら、そこはパーティーはパーティーでもドラッグ付きの乱交パーティーだった。  みんな違法ハーブやマリファナの紙巻きを吸い、グラスにドラッグの粒を溶かして飲み交わしていて。  男女だろうが同性同士だろうが、日本人だろうが外国人だろうが、2人だろうがそれ以上だろうが、まったくお構いなしに絡み合っている。  こんなパーティーに出るのは初めてじゃないから、雰囲気にビビって素面でいるわけじゃない。 ただ単に、ドラッグの類が苦手だから。ただ、それだけ。 「すげーイイから」と言われて、セックスの最中に相手に勧められて1回だけハーブの紙巻きを吸ったんだけど、気持ち悪くなるばかりで「すげーイイ」どころじゃなかった。どうやら、俺はそういった類が合わない体質らしい。  俺は普通の酒をすすり、普通の煙草を吸って、クスリでハイになった奴らと適当に会話して時間を過ごしていた。  だけど、やっぱりみんなのようには楽しめなくて、そろそろ帰ろうかなと、考えていた。 「君は、普通の紙巻きを吸っているのか?」  耳に入ってきたのは、きれいな発音のクイーンズイングリッシュ。  いつの間に、俺の隣にいたんだろう?  そこには、見事な銀髪の男が微笑を浮かべて座っていた。  明らかにガイジンガイジンしているその男がここにいたって、べつに驚かない。パーティーのメンバーの半分近くは、日本人じゃなかったから。  だけど、こんなヤツ最初からいたっけか?  俺は、目の前の男の質問に答えず、不躾にもジロジロとそいつを見つめた。  艶やかな絹糸のような、限りなくシルバーに近いプラチナブロンド。  すっきりとした体格だけど、たぶん175㎝の俺よりも頭ひとつ分は高い。それは、ゆったりと優雅に組まれた長い脚で分かる。  欧米人特有の、彫りが深くて高い鼻梁。象牙色の肌はすべらかで、シミひとつなかった。  そして、印象的なのは──南国の海を思わせるような、深いエメラルドグリーンの瞳。  それらすべてが『完璧』という名で整えられ、俺の目の前で微笑を絶やさず座っている。  こんなに美しい造形の人間を見るのは、初めてかもしれない。  その男の美しさには、ある種の気品を感じさせ、こういった場所には相応しくない感じがした。  俺が無言で見つめるのを、英語が通じないと思ったらしい。 「わからない……か」と、独り言をもらす。 「わかるよ」  俺は英語で答えた。  男は、おや? というように片眉を器用に上げてみせる。その様も気障ったらしいが、優雅で美しい。  こんな乱交パーティーに、とてもそぐわない男。 「言葉がわかっているのに、質問に答えないのは失礼じゃないか?」  グラスに口をつけながら、男が横目で軽く俺をにらむ。  変な奴。  こんな場所で、礼儀をわきまえる人間がどれだけいるというのか。  俺は肩をすくめた。 「悪かったね。あまりにいい男が隣に座っているから、驚いただけさ。ついでにさっきの質問に答えるなら、これはフツーのタバコ。酒もフツーのヤツ」  俺の返答はコイツを満足させたらしい。ふっと機嫌よく笑って、俺の髪を撫でる。 「何故、普通のタバコに普通の酒なんだ?」  さっきから思ってたけど。なんかコイツ、物言いがえらそー。  でも、それはこの男にすごく似合っていたから、俺は気にしなかった。  俺はタバコを少し深めに吸い、ため息のように煙を吐き出して、テーブルに放り出してあるタブレットを手に取ってひらひらと翳してみせた。 「こういうものが身体に合わないんだ」 「ドラッグが?」 「そう」 「でも、こういうパーティーだと知っていて、参加したのだろう?」 「いいや。遊び仲間に声かけられただけ」 「ふうん……」  話している間中、ソイツは俺の髪を弄ったままだ。サイドの髪を指先に絡めたり、梳いたりしている。 「ねえ」  俺の呼びかけに、男は眉を上げるだけで答える。 「髪いじるの、好きなわけ?」 「これだけ綺麗で見事な黒髪(ブルネット)を触らないでいる方がおかしいだろう?」  気障ったらしいセリフだけど、英語のせいかあまり不快に聞こえない。  これが日本語だったら「はあ? マジありえねーんだけど」と突き放しているところだ。  それに、コイツに髪触られるの──結構気持ちいい。 「名前を……聞いてもいいか?」  男が俺をじっと見つめる。  俺は「ユーリ」と、素っ気なく答えた。  わざとそうしているんじゃない。  一応こうやって喋れるけど、英語はあまり話し慣れないから、発音に気が削がれてついそういう口調になってしまう。 「ユーリ──ファーストネームか?」 「まあね」 「発音しやすいな。日本人の名前は難しいのが多いと聞いたが」 「そう? 最近のはそうでもないだろ。それより、あんたの名前は?」  俺だって一応名乗ったんだから、そっちも名乗れと言外に含む。  男はニヤリと笑って「ルシフェル」と、答えた。  俺はその名を聞いて眉根を寄せる。 「それ、本名?」 「だとしたら?」 「ありえないんじゃない?」 「どうして?」 「日本語だと『アクマ』ってのと同じだからさ」  俺は『アクマ』だけ日本語で発音した。 「アクマ?」 「悪魔ってこと」 「ああ……」  納得したのか、ソイツ──ルシフェルがクックッと喉で笑った。  だって、さ。  ルシフェルって、天界を追放されて魔王(サタン)になった大天使の名前だ。 「君は……カトリックかい?」  ルシフェルが聞いた。俺は首を横に振る。 「そういうわけじゃないけど、それくらい知っているだろう」 「堕天使の名を?」 「そうだよ──嘘なんだろ? その名前」 「さあ……どうだろうな」  ルシフェルは曖昧な返事をする。  俺は、興味がないとばかりに再度肩をすくめる。 「別にいいけどね。偽名だろうが、本名だろうが、ニックネームだろうが」 「じゃあ、君のも本名じゃない?」  俺の肩を引き寄せて、至近距離で訊いてくる。  俺はルシフェルと同じようにニヤリと笑って、「さあな」とだけ答えた。  俺はグラスに残っていた酒を一気に呷ると、ソファーからスッと立ち上がった。 「あれ~? ユーリぃ、帰んのぉ~?」  俺をパーティーに誘った、遊び仲間のレイジが声をかけてきた。かなりラリってて、ヘラヘラ笑っている。 「ああ……わりぃ」  俺が謝ると、 「いーよぉ~♪ またなぁ」 と、レイジは手をヒラヒラと振った。彼の膝元では、赤毛の女がよつん這いになって一心不乱に彼の下半身にご奉仕している。  俺は苦笑して、そこらに転がっている連中の間を縫うようにして歩き、ようやく玄関にたどり着いた。  ふと、背後に気配を感じて振り返ると、ルシフェルが当然といわんばかりの風情で立っている。 「なに? 見送ってくれるんだ」 「いや……。俺も帰る」 「まだまだこれからじゃないか。残れば?」 「君が帰るのに、ここにいなければならない理由がどこにある?」 「は?」  なんだ、それ?  思わず聞き返そうとした言葉を呑み込んだ。聞かなかったことにした方が身のためだと、咄嗟に思ったからだ。  俺は堕天使の戯言をスルーして、さっさと玄関を出た。  マンションの通路に出ると、俺はエレベーターを使わず階段室に向かった。エレベーターはヤバい。密室じゃ逃げらんない。  7階か……めんどくさいが、仕方ない。  俺は内階段を1階目指して足早に下りていった。しばらくすると、上の方から鉄扉の開く重い音とともに階段を下りてくる足音が聞こえてくる。  俺は、苛立って舌打ちをした。  それは急ぐでもなく、規則的なリズムを刻んでいる。まるで「追いかけてきてるんじゃない」とでも言っているようだ。  始めは急いで降りていたけど、逃げているようで癪に障る。自意識過剰と思われるのも嫌だ。だから、途中から上から聞こえる足音と同じペースで下りていった。  2人分の足音がコツコツと、建物に反響している。  3階の踊り場までたどり着いた時、後ろから不意に腕を掴まれた。  なんとなく予測していたから驚かない。無表情のまま振り返ると、銀髪の堕天使が俺を見下ろしている。  ちくしょう。コイツ、やっぱり背が高い。俺よりも絶対10㎝以上は差がある。そして、座っていたときに予想していた通りだ。腰の位置が高い。細身のパンツがしなやかで長い脚のラインを引き立てていた。  外見だけでこうもすべて揃っていると、うらやましいを通り越してかなりムカつく。 「何か用?」  平坦な口調で問いかけた。ルシフェルは俺の言葉に眉をひそめる。 「まだ話の途中だったろう?」  俺を見つめる、深緑の双眸。 「そうだっけ?」  俺がとぼけると、ルシフェルは少し驚いたように目を大きく開いた。だけど、それは面白そうなものを見るように細められ、楽しげな笑い声が踊り場に反響する。 「口説いている途中に帰られたのは初めてだ」  ああ。やっぱ、そーゆーこと。それがわかってたから、帰ろうとしたんだけどね。  ルシフェルは俺の腕を掴んだまま、まだクスクスと笑っている。 「いいかげん、離してくれないかな?」  俺が抗議すると、彼は笑顔を崩さずに「いやだね」と、即答する。  はあ、と我知らずため息が出てくる。 「とにかく、離してくれよ」 「俺にこの後付き合ってくれるなら」 「それは却下」 「なぜ?」  わからない、といった表情でルシフェルが俺を見る。  なぜ? 俺もわからない。  べつに、男が嫌なわけじゃない。俺の性的指向は、男女問わないから。抱くのも、抱かれるのも好きだし。  ただ──ああいう場所で知り合った相手としては、コイツはヤバいと心が反応した。遊び慣れて磨かれた本能が、とにかくヤバいと言っている。 「せっかくこうして出会えたのに、もっと知り合おうとは思わないのか?」  声に甘さを含ませて、ルシフェルが俺を引き寄せる。  エメラルドグリーンの瞳は、間近で見ると引き込まれてしまいそうな魅力を放っている。 「思わない」  俺はピシャリと否定することで、どうにかその誘惑に打ち勝とうとしていた。 「黒髪(ブルネット)が好みなら、他を探せばいい。ここは日本なんだから、俺みたいのは掃いて捨てるほどいる」 「でも、それは君じゃない」  彼の瞳の緑色が深くなる。捕獲者特有の鋭い眼差し。 「俺はあんたに興味ない」 「本当に?」  ルシフェルの顔が更に近づく。すぐにでもキスできそうな距離。  ダメだ。やっぱ、コイツはヤバい。  どこがどうヤバいなんて、うまく説明できない。逃げ出してしまいたいのに、それができない。ルシフェルはただ俺を見つめているだけだ。抱き寄せる腕に力が込められているわけじゃない。  視線だけで拘束されてる。 「初めて俺を見たとき、あんなに熱い視線をよこしたくせに?」 「それは、勘違いじゃないのか?」  唇が触れるか触れないかの距離で、ルシフェルが囁くのを俺は揶揄でどうにか切り返した。 「勘違い?──ちがうな」  そう言うと、ルシフェルが唇を重ねてきた。  そのとき。  身体中に電流がはしるような衝撃が、俺を襲った。  それに戸惑っている間に、ルシフェルは易々と俺の口腔に侵入する。  熱く、触れ心地のいい舌が好きなように弄ぶ。逃げ回っていた舌をあっさりと絡められ、軽く吸われた。  うそ。なんで──なんで、こんなに気持ちいいんだろ?  ドラッグではちっとも陶酔出来なかったのに、たかがキスだけで頭がクラクラするほど酔いしれている。  夢中で、互いの唇を貪り合う。  角度を変えて、浅く深く、吸ったり舐めたり絡め合ったりした。  マジでクセになりそうなキス。 「ふっ……ぁっ…」  舌を甘噛みされて唇を離されたとき、喘ぎ声のような甘ったるい声が出ていた。 「ね? 俺の思った通りだ。君は……俺を求めている」  銀髪の美しい堕天使から断言される。  もしかしたら。  魔王というのは──天使以上に美しくて、魅力的なのかもしれない。  初めて味わった極上のキスにすっかり酔わされた俺は、ぼんやりとした頭でそう考えていた。 「もっと……欲しい?」  いつの間にか支えられるように抱きしめられていて、耳元で妖しく囁かれた。その響きの良い低音すら、媚薬のように俺を惑わせる。  魅入られたように俺が頷くと、ルシフェルは極上の笑顔を見せて、契約といわんばかりに俺の首筋に強く吸いついた。  水底からゆったりと浮き上がってくるような感覚で、意識が戻った。  頭をめぐらせて辺りを見回し、隣にある温もりを自覚して、漸く昨夜の記憶が蘇ってきた。それと同時に、熱が一気に集中して顔が熱くなる。  羞恥心で顔が赤らむなんて、どこぞの乙女じゃあるまいし。  俺は、隣で健やかな寝息をたてている銀髪の男を見つめて、軽くため息をついた。  ベッドサイドのテーブルに備え付けてあるデジタル時計を見る。表示は『6:20』となっていた。たぶん、眠りについたのはほんの2時間前だと思う。  セックスで寝かせてもらえない、なんて体験は初めてだ。  そんなに激しかったのかって聞かれたら、そうともいえるし、そうじゃないともいえる。  しいて言うならば──濃密。  この言葉がぴったり当てはまるだろう。  ルシフェルは、傲慢な物言いをする割には、最中はすごく紳士的だった。俺はそれこそ、壊れものを扱うかのようにして彼に抱かれたのだ。たぶん、身体中でルシフェルが口づけていないところを探す方が難しいかもしれない。  全身くまなく愛撫を施され、唇が腫れてしまうくらいのキスを沢山されて、俺はこれまでにないくらい快感に悶え、善がって、喘ぎ続けていた。何度も互いの欲望を解放したが、ぜんぜん足りなかった。  もっと欲しい。もっともっとと、何度となく身体を重ねた。  最後の最後はきっと、()すぎて気を失ったんだと思う。  俺はゆっくりとベッドから起き上がった。  身体の感触で、意識がない間に綺麗に後始末されたのがわかったけど、シャワーくらい浴びたい。昨夜の情事を引きずったまま、1日を始めたくなんかないから。  ベッドからそっと下りてみた。膝に力が上手く入らないけど、立てないわけじゃない。自分の身体の意外な丈夫さに苦笑した。慣れれば、歩けないことはないだろう。  覚束ない足取りでシャワールームに向かおうとして、途中で振り返る。  あれから──あのマンションの踊り場でキスされてから──ルシフェルに誘導されるまま、半分夢見心地で連れてこられたが、こうして冷静な頭で部屋を見まわすと、なんとなくどこなのかがうっすら理解できる。  どうやら、この部屋はホテルのしかもスイートルームらしい。足下の絨毯がフカフカしていて、しかも主寝室であろうここのベッドはゆったりとしたキングサイズ。ベッドルームから壁続きになっているリビングルームには、カウンターバーがあった。ソファなどの調度品の色も落ち着いた色合いで、一目で高級な物だというのがわかる。  俺は出入口の壁にもたれて、やたらと立派なベッドを見つめた。部屋の主である堕天使の名を持つ男は、まだ起きる気配がない。  いったい──こいつって、何者?  いくら世間知らずでも、この部屋の価値くらいわかる。おそらくは一泊10万……いや、下手したら20万ぐらいはするだろう。うろ覚えな昨夜の記憶から察するに、俺と寝るためにわざわざ取った部屋ではなく、コイツの滞在中の部屋なのだろう。  これ以上考えても、仕方ないか。ここを出れば、二度と会うことはないだろうし。  俺は振り切るように身体を壁から離し、バスルームを目指す。そこも、かなり広い造りになっていた。そシャワールームとバスルームが別々のブースになっていて、おまけにパウダールームは人ひとり余裕で寝っ転がれそうだ。俺は迷わずシャワールームに入って、シャワーヘッドからお湯を出すと頭から浴びた。  ふと、自分の身体を見下ろしたら、あちこちに赤い鬱血の跡。  胸、わき腹、臍の周り、さらには内股にも。  ひとしきりそれらを目で確認して、ため息が出た。  ただ一晩だけの情事にしては、かなり熱くなってしまっていた。たぶん、自分がこんな風になるのがイヤだから、口説かれる前に帰りたかったのかもしれない。  ばからしい。  あんなパーティーで出会った男に、何を期待するというのか。  あまりにも中身の濃いセックスをしたから、身体が変に引きずっているだけだ。汗を流してさっぱりとすれば、また新しく今日を始められる。  何も始まりはしない。もう、終わっているのだから。  そう考えていると、身体の奥がジンと疼いた。  まるで、俺が昨夜の名残を消し去ろうとするのを嫌がるかのように。  俺はそんな自分の身体の意思を無視して、乱暴にゴシゴシ全身をと洗う。すべて洗い流した頃には、幾分かスッキリした気分になった。  シャワーを終えて、洗面所の鏡に映った自分を見る。  うん──大丈夫。  俺は気合いを入れるために両手で頬をパンと叩いたあとで、手早く身体を拭きシャワールームを出た。  時間があまりない。  ベッドルームに脱ぎ捨ててあった自分の服を身に付けて、ベッドでまだ眠っているルシフェルの顔をのぞき込んだ。  明るくなった部屋で見る銀髪は、昨夜よりも清冽な印象に見える。俺を散々翻弄した堕天使は、寝顔も美しかった。  できればもう一度日の光の元で、あの綺麗なエメラルドグリーンの瞳を見たかったけどな。  もう、時間だ。宴は終わり、俺は俺の時間を過ごすために帰らないといけない。 「ホントは、なんて名前なんだよ……?」  呟いた言葉は日本語だから、たぶんコイツには理解できない。 「バイバイ」  俺は眠っているルシフェルのこめかみに軽くキスを落とすと、そのまま部屋を出ていった。  バイバイ。  一晩だけの──俺の堕天使。 ■□■ 「優理(まさみち)、おはよー。今日は早いね~」  机の上に突っ伏していた俺の上に、脳天気な声が降る。顔を上げると、中学からの友人である慎治の爽やかな笑顔。 「身体がだりー」 「アラアラ! まさみちクンてば、昨夜はお盛んだったのね♪」 「朝からウゼーよ、慎治(しんじ)。てか、何? そのカマっぽい喋り方。キモッ!」  俺があっち行けといわんばかりにシッシッと手を振ると、慎治はますますつけあがる。 「まあっ! ひどいわ、まさみちクンたらっ! アタシのことがキライになったのね!?」 「ああっ! マジウゼー、お前。その喋り方やめろって!」  俺が怒鳴っても、慎治にはあまり効き目がない。それどころか、 「やだなあ、優理ってば。綺麗な顔でそんな汚い言葉使っちゃダメっしょ?」 と言って、頭を撫でてきやがる。  こーゆーヤツだから、俺と長い間友達でいられるのかもしれない。 「昨日、レイジのパーティーに行ったんだろ? アイツがやるパーティーって、ハーブだけじゃなくてクスリも出たんじゃねーの?」 「ああ、まあね」  昨日の話をふられ、俺は気のない返事をした。  慎治は、俺が遊びまわっている事を知っている。夜遊び仲間には本名ではなく『ユーリ』と名乗っていることも。 「優理、あーゆーのは合わないって言ってなかったっけ?」 「知らなかったんだよ。てか、ガイジンもゲイもバイもいてさあ。乱れまくり」 「へーっ!」 「俺はすぐ帰ったけどさ」 「女も結構いた?」 「よくわかんねー。いたと思うけど……レイジは女からご奉仕されてたな」 「えー、マジかー! 俺も行けばよかったかなあ」  慎治の言葉に、俺はそーだねと相づちして苦笑する。  ホントに慎治が一緒に来てくれたら、俺はあの美しい堕天使に捕まる事はなかったかもしれない。  急にフラッシュバックのように、ルシフェルの顔が頭に浮かび上がった。ついでに、昨夜の淫らな出来事も。  俺はヤツの姿を追い払うかのように、頭をぶんぶんと振る。 「どうした? 優理」 「い、いや……なんでもない」 「なあなあ、すぐ帰ったって言うわりには身体だりーって、いったいどーゆーワケ?」 「あ? べつに」 「とかなんとか言ってー。実はソッコーお持ち帰りしたのか?」  いや、逆にお持ち帰りされてしまったんだとは、さすがにこいつでも……言えない。 「なんでもねーって。帰った後、家でビデオ見てたら、寝るの遅くなったんだよ」  あまりにも白々しい言い訳だったが、慎治はそれ以上突っ込んでこなかった。  というのも、理由がある。 「慎治、優理! おはよー。ねえねえ、聞いた!?」 と、さらにハイテンションな声が教室に飛び込んできたからだ。  声の主は裕樹(ひろき)。自称『1年A組の情報通』で、慎治のお気に入り。  裕樹は小さい身体をぴょこぴょこ跳ねるようにしながら、俺たちの席までやってきた。 「おはー、裕樹。何を聞いたって?」  俺にかけるそれよりも2倍増の優しい口調で、慎治が聞き返した。 「うん、あのね~。転校生が来るって! うちのクラスに」  裕樹は得意満面の笑顔で答える。 「転校生? まあ、新学期に入ったばかりだからありえるよな」  俺が冷静に言うと、裕樹はチッチッ、と人差し指を振る。 「ただの転校生じゃあないんだよね~」 「ふうん?」 「あ~! 優理、食いつき悪っ!」 「どーせ、どっかの金持ちの息子とかだろ?」  俺たちが通うこの学校はイギリスに本校のある私立校で、いわゆる良家の子息が通うお坊ちゃん学校だ。それこそ、会社社長の息子だの、医者や弁護士の息子だのがゴロゴロいる。中には、代議士の息子とかヤクザの組長の息子なんてのもいたりなんかする。  興味のまったくなさげな俺に、裕樹は好奇心でキラキラした目を瞬かせて話を続ける。 「そうなんだけど! 本校からの転校生なんだよ。しかもガイジン!」 「へえ。交換留学生じゃなくて?」  裕樹はちがう、というように頭をぶんぶんと横に振った。その可愛い仕草に、横にいる慎治の目がにやけて垂れ下がる。 「なんかねー、親の仕事の都合とかで転校してきたってさ。ガイジンの転校生って、めずらしくない?」  裕樹は興奮した口調で話していると、予鈴のチャイムが鳴った。程なくして担任教師が現れて「ほら坂崎、席につけー」といつもの口調で裕樹に注意する。そして、いつものように教卓の前に立った。  ただいつもと違ったのは、みんなが席についても教室の中がざわついていたことと、担任の後ろから背の高い男がついて来たこと。  裕樹があれだけ話していても興味の湧かなかった俺は、窓際の自分の席で頬杖をついて外を眺めていた。でも、なかなか教室のざわめきが収まらないので、なんだろうと前を向いてみる。  そこで、俺の思考はフリーズした。  黒板の前に担任と並んで立っていたのは、昨夜俺を明け方まで眠らせなかった銀髪の美しい堕天使。  なんで? なんで、コイツがここにいる?  てか、コイツってタメだったワケ?  ──ありえねー!!! 「えー、今日からうちのクラスに転入してきた、エリンバート・ミカル・フレデリック君だ。イギリス本校から、ご両親の仕事の都合で日本にやってきた。みんな、仲良くするように」  担任がつらつらと、隣の転校生の紹介をする。  ちょっと待て。  ミカル? ミカルだと!?  やっぱりあの『ルシフェル』ってのは偽名だった。  しかも、堕天使気取りやがって、本名は『大天使』かよ!!!  ミカルは大天使ミカエルのこと。たしか、フランス語とかの発音ではそんな風によぶ。  ──ふざけやがって!  一通り紹介したあと、担任は視線で転校生に挨拶を促した。 「はじめまして。エリンバート・ミカル・フレデリックといいます。向こうではエリンとかミカルとか呼ばれていましたので、みなさんも気軽にそう呼んで下さってかまいません。父の仕事の都合で日本にやってまいりましたが、以前から日本には興味がありまして、本校では日本語の授業を選択していました。完全とはいえませんが、日常会話に問題はありませんので、日本語で話しかけて下さってけっこうです。これから、どうぞ宜しくお願いいたします」  流暢で完璧な発音の日本語でのご丁寧な挨拶に、教室の誰もが呆気にとられていた。このご立派な挨拶を聞いてムカついてるのは、おそらく俺ひとりだけだろう。 「席は、委員長の藤村の隣だ──藤村」  担任に名指しされ、しぶしぶと席を立つ。  そう。藤村って、俺のこと。  藤村優理(ふじむらまさみち)。1年A組の委員長。  成績優秀。品行方正。眉目秀麗。  それが、普段の俺。ぞんざいな口をきくのは、ある程度気を許している慎治と裕樹に対してだけだ。 「あれが委員長の藤村だ。わからない事があったら、彼に聞くように。藤村」 「はい」 「フレデリック君の事、面倒見てやってくれ」 「はい……わかりました」  俺は嫌々返事する。だが、担任はそうとは気づかずに、転校生──ミカルに席につくよう促した。  ゆっくりとした歩調で、銀髪をなびかせてミカルが近づいてくる。俺と視線を合わせると、堕天使(ルシフェル)を気取った大天使ミカル君は、俺にだけわかるような意味ありげな笑みを浮かべた。  背中を冷や汗がつたう。緊張で身体が強張ってきた。  コイツ……余計なことを言わないといいが。 「よろしく」  ミカルがすっと、右手を差し出した。 「藤村優理です。よろしく」  俺も右手を出して、軽く握手する。 「マサミチ? どういう字を書くんですか?」  席に座りながら、ミカルが聞いてくる。 「漢字、わかるのか?」 「だいたいは」 「えっと……優秀の優に理由とか理解の理と書いて、まさみちと読むんだ」 「ああ、少し難しい字ですね。優秀の優に理解の理……」  そこで、ミカルがニヤリと笑った。 『それで“ユーリ”なわけか』  不意に耳元に届くクイーンズイングリッシュ。俺はギクッとして、ミカルを見上げた。  そこには、昨夜俺を惹きつけたエメラルドグリーンの瞳。 『これからもよろしく……ユーリいや──優理』  英語でそう言うと、誰にもわからないようにミカルは俺の手の甲をそっと指でなぞってくる。思わず頬が熱くなった俺を見て、ミカルはクスクス笑った。 『日本の学校なんて退屈だと思っていたが、そうでもなさそうだ』  楽しげな口調でミカルが言った。  俺はその時──ミカルの笑顔が天使のそれではなく、悪魔の微笑に見えたのだった。 end. Copyright Notice(C)葛城えりゅ2006 初稿:2006.04.14 改稿:2007.04.27 第二稿:2009.08.14 第三稿:2016.10.11 fujossy投稿:2016.10.27

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