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第5話
「舐めてんのか」
おお、いい声してる。好きな声。低音ですごまれるとカッコよさが増す。
「ただ一服したいなーと思っただけだけど」
ちょっと盛ってみた。一服なんて言ってみたけど実際吸ったことは二回くらいだ。一応優等生だし、やっぱり煙草は健康に害があるからなぁ。
「生徒会長様が、か?」
藤代が鼻で笑う。
けど、にやにやと顔が緩んでしまう。俺のこと知ってるんだって意外さ。
「そう。ちょっと吸いたい気分」
本音そのままに返事をしたつもりだけど、藤代は表情を崩すことはなかった。
警戒されているのがひしひし伝わってくる。
俺いいヤツなんだけどなー、と笑いかければ睨んでくる目に力がこもる。
「くれないの?」
初対面ではあるけど同じ学年、いわゆる同級生というやつだし、もうちょっとフレンドリーでもよくないかな。
「アンタが吸えるのかよ」
図々しく俺がまた手を差し出すと、胡乱な眼差しとともに薄く笑われる。
「さぁ?」
藤代が吸ってるのを見てなんとなく――だけど、吸いたくなっちゃったんだから仕方ない。
藤代は俺の答えを鼻で笑って顔を背けた。
結局くれないらしい。
ケチだなー、とフェンスに後頭部預けて空を見上げると着信音が響きだした。
それは俺のじゃなく藤代のだ。
「――ああ。わかった、すぐ行く」
藤代は喋りながら視線をちらりと校庭のほうへ向けた。
それを眼で追い、遠く正門に行きあたる。
はっきりとは見えないが正門に隠れキラリとなにか光った。
短いやり取りで電話を終えた藤代は咥えていた煙草を消そうとしているみたいで地面へ落としかけた。
「藤代くん」
それを制するように言えば、驚いたように顔を上げてきた。
俺が名前を知っていたことが意外だったんだろうか。
一歩二歩、近づいて俺は藤代の手から吸いかけの煙草を取った。
「消すならちょーだい」
驚いたままの藤代はそこでようやく我に返ったらしく、せっかく戻っていた眉根をまた寄せた。
普通にしてた方がカッコイイのにな。
もう半分ほどに短くなっていた煙草をぷかぷかふかす。
「……王子様だのって騒がれてる生徒会長様が煙草吸ってるのがバレたらどーなんだろうなぁ?」
じっと俺を見つめたあと藤代は不意に口角を上げる。
それはもしかすると脅しか嫌みとかなんだろうか。
「バレないよ。普段は学校じゃ吸わないから」
「いま吸ってんだろ」
「なに、藤代くんがチクっちゃうーとか?」
「だとしたら?」
正直煙草はたいしてうまくない。
大人になればうまいと感じるんだろうか。
とりあえずは紫煙をやたらと青い空に向かって吐き出し、藤代に笑い返しながら煙草を地面に落とした。
靴でそれを消して拾い上げる。
「別に、いいよ。言っても。ただ――」
俺は藤代の手をとりその掌の上に吸殻を乗せた。
また眉間にしわがよってきてる。
さっきのクールな感じの笑い方カッコよかったのにな。
「俺と藤代の言い分、どっちを信じるかってわかりきってない?」
ちょっと意地悪な言い方になったけど、実際そうだろう。
俺は腐っても生徒会長だし、信頼関係が少しのことでほころびるような生活態度はとっていない。
「……お前、むかつくな」
「いい奴とはよく言われるよ」
藤代は舌打ちをしてもう何も言わずに屋上を出ていった。
シンとした屋上。
昼休みはもう残りわずか。
しばらくして見下ろす校庭にさっきまでここにいた藤代の姿があった。
足早に校門に向かう姿を眺める。
予鈴が鳴り始めたころ、正門の向こうに藤代が消えていき、その直後バイクが走り去っていくのが見えた。
「藤代――夾、ね」
近寄りがたい雰囲気を醸し出した藤代の眼光を思い出す。
「強気な目がたまんないなー、なんて」
俺はドMか、とひとり呟いて――。
ああいうのを押し倒すのも面白そうだよなー、なんて、俺ってドS?、なんてことを思いながら教室へと戻っていった。
これが俺と――夾の出会いだった。
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