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第7話
一刹那、空気が張りつめ、サギリが先に目を逸らした。
「帰ろう、にいちゃん。血の匂いを嗅ぎつけて獲物を横取りしにくるやつがいる」
アモウは顎をしゃくり、逆さ吊りに犬の四肢を槍に結わえつけた。仏頂面で、それでいて愛しげに傷口を指でなぞる。
凱旋するように、槍の前と後ろをかついで廃墟を行くふたりの足跡に沿って、赤い筋がのたくる。まかり間違えば骸 をさらしていたのはアモウか、おれ自身だった──。
そう思うと熱情が迸る。サギリは槍を放り投げた。広い背中にしがみつき、力任せに頭をねじ向けてアモウを呻かせた。
間髪を容れず爪先立ちになって、唇に唇をぶつけていく。
「遠い場所で生まれ変わったときは、この唇の感触を道しるべにおれの元に帰ってこい」
アモウは大きくうなずいた。細い頤 を掬って返すが早いか、思いの丈を込めて朱唇をついばむ。
「にいちゃん……サギリ、永遠に一緒だ」
こつん、と額をくっつける。これ以上、言葉はいらない。負けず劣らず熱い眼差しが、燃え盛る思いを饒舌 に紡ぎ合う。
季節は足早に移ろいゆく。巨大な犬が率いていた群れを狩り尽くしたころから、ざあざあと雨が降りつづく。
ふだんの年はムラの住人が総出で冬支度に大わらわの時期だ。今秋は日持ちがする煎りドングリをこしらえようにも、薪は湿気ていぶるばかり。
あたり一面泥の海と化して、ようやく穂が出てきたヒエの畑も押し流された。
三週間ぶりの月夜、ムラの男たちは焚き火を囲んで車座になった。
サギリとアモウは、輪から少し離れて座った。ドングリを醸した酒がふるまわれたが、なごやかな雰囲気が漂うどころか、みな沈鬱な面持ちで囁き交わす。
この秋は馬鹿に寒い、鳥たちがどんどん南へ渡っていく、ネズミの数も減った、不吉な前兆だ──と。
長 が、なみなみとドングリ酒を杯 に注 ぐ。
「今ある食糧の貯えで冬じゅう食いつなぐために、誰かを間引かねばならぬ」
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