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第11話

「ベッドの下に……ペンを見つけた」  兄貴はそう言うと、マットレスの隙間からもう一本ペンを取り出した。 「まさかお前も同じものを持っているとは思わなくて……見つけた瞬間、生きた心地がしなかった。お前はこれを何に使うつもりでいたのか。もう使ったのか。でも使った形跡は見られなくて……。お前のことだから、忘れてしまったのか……馬鹿らしいとハナから信じていなかったのか……」  ついさっきまでは、兄貴を自分のものにしてやるつもりだった。  兄貴が自分に対して抱いていた以上にどす黒い、きたない感情で。  愛でるために手に入れるのではなく、壊すために手に入れてやりたかった。でも……  でも今、分からなくなっている。  再びペンを手渡されて……  一体何が、書けるんだ……  キャップをあける。  観念するように投げ出された腕。  ここに自分の名前を書いたら、永遠に兄貴を縛り付けることができる。  白い。今まで見たことがないくらい白い……青ざめた、腕。  その手に、ペンを握らせる。  四本の指を折り畳むように包み込んでやると、兄貴は「え……?」と顔を上げた。ペンを握らせた手をそのまま自分の腕へと誘導すると、戸惑いから悲愴な声へと変わる。「駄目だっ、何考えて……!」 「兄貴こそ、何考えてんだよ」  あえて軽く言う。苦しみをとりのぞいてやるように。軽薄に。  ちゃんと笑えているかは、自信がなかった。 「昔、書いてくれたことがあったよな、名前」 「名前……」 「小学校に上がる前さ、持ち物に、ぜーんぶ。にちか、ってこうやって書くんだ、って。ペンを持って器用に書いていく兄貴のこと、本当にすごいって思ったよ。上からこうやって手を重ねて、書き順を教えてくれて。あのときから俺はずっと、兄貴に『教えられ』たかった。ずっと、何もかも……。好きになる、ということすら……。だから兄貴は自分を責める必要なんてないよ。兄貴がおかしいんじゃない。俺がおかしくさせたんだ」 「そんなこと……!」  否定の言葉を言いかける兄貴の口を、塞ぐ。  ひとつになる、ことを感じるんじゃない。  自分たちはあくまで別々の人間だ、ということを感じるくちづけだった。 「俺、駄目なんだよ。兄貴に名前を書いてもらわないと、すぐどこかになくてしまう。自分の心も。だからさ、書いてよ、兄貴。俺の名前」  あのときと同じように。  自分のものを、ちゃんと自分のものだと分かるように。  シャツをめくりあげて、胸をさらす。黒い染み。  一瞬目をそらしかけた兄貴だったが、覚悟を決めたように、左手をそこに添える。  ペン先が肌にふれるひやりとした感触と、顔を寄せた兄貴のあたたかい息とを同時に感じる  すべてを兄貴に委ねている。  後ろを兄貴に貫かれたときよりも、揺さぶられるがままに欲望を受け止めざるを得なかったときよりも、ずっと、ずっと、委ねている。  黒いインクが染みこんでいく。  兄貴はこういう風に自分のことを見ているんだと、兄貴の字を見て思う。  胸の上で、兄貴と自分とがひとつになる。

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