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第30話 はちみつ・れもん
引き戻した俺の腕に、釣られるように、網野の顔が寄ってくる。
不思議に思いながら見やっている俺に、網野は、ふんふんと音を立てて、周辺の空気を嗅いだ。
「知らない匂いがします」
むむっと眉根を寄せた網野は、不機嫌そうな瞳を俺へと向ける。
「あぁ。試作品の香水の匂いだろ。小佐田に存分に使えって言われて、折角だから使ってる」
右手首を鼻先に近づけ、香りを確認する。
相変わらず、香水の匂いは、苦味を伴うような檸檬の香だった。
「……似合わねぇ?」
何となく不安になり、問う俺に、網野はするりと顔を寄せた。
香水を振る際に、手首に放ち、首の頸動脈辺りに擦り付けていた。
「鞍崎さんが着けると、こんな香りなんですね」
匂いに誘われるように、首筋に触れそうな程に鼻を近づけ、ふんふんと音を立てて嗅がれる感覚が、ひどく擽ったい。
「やめ、ろ。擽ってぇっ……」
ぞわぞわとする感覚に首を竦める俺に、網野は、首筋にほんのりと口づけ去っていった。
恥ずっ。
恥ずかしさを誤魔化すように、口付けられた首筋を押さえ、裏返りそうな声で言葉を放つ。
「ぉ、…お前も参加してただろ?」
焦る俺とは対照的に、網野はカウンターへと身体がを向け、ユリさんがいつのまにか出してくれていたビールに口をつけていた。
「あー、俺、平熱高いんで、もっとねっとりというか…甘い感じの匂いだったんですよね……」
不服げに紡がれる声に、小佐田の言葉を思い出し、ぷふっと笑いが漏れた。
「ぁあ、蜂蜜な」
笑いを堪えながら紡いだ言葉に、網野のジト目が俺を見る。
「そう。蜂蜜臭……って言われました。お勧めしないって…」
しょぼんと肩を落とす網野に、ユリさんの笑い声が被さった。
「ははっ。2人で“はちみつれもん”じゃん。なんか美味しそうでいいじゃん」
……はちみつれもん、か。
網野の甘さに、俺の酸っぱさ。
蜂蜜だけなら甘すぎる。
檸檬だけなら酸っぱすぎる。
でも、混ざり合えば極上になる。
俺たちは、甘くて酸っぱい最高の相性……なのかもな?
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