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君を待つ間 1

「早く逢いたい……」  と、電話の向こうでもし彼が言ったら、僕は言わない。  だって2人ともがそう言ったら、うつむいてしまうことしかできないから。  電話を切った後でいつも思う。  かけなきゃよかった。  かけなかったら、電話を切った後、こんなに淋しくならないのに。  でも、彼の声を聞かなかったら、きっと、もっと淋しい。 『雨の音が嫌い。だから、雨の日は窓を閉めて、鍵をかけて、 雨音が聞こえなくなるぐらいに声を出させて欲しい』  そう彼に告げたのが、最初だった。  大学2年生の時。10代最後の冬のはじめ。  午後からの講義が教授の都合で休講になって、バスに乗り遅れて歩いて帰ろうとしていた僕らの頭上に、ぽつぽつと雨粒が落ちてきた。その5秒後には、雨脚は一気に強くなり、僕らの全身を濡らした。汗と雨で濡れたTシャツがじんわりと心地悪かった。 「ここからだと俺の家のほうが近いから、雨宿りしていけよ」  そう彼が言い、初めて彼の部屋を訪れた。  先にシャワーを浴びて戻ると、 「適当に、何かして待っていて」  と言い残し、入れ替わりで彼が風呂へ向かった。  それから。  気がついたら彼のベッドで寝ていた。  目を開いたら、そこには見知らぬ天井。ではなくて、鼻の先数センチぐらいのところに彼の顔があって、僕を見下ろしていた。  あぁ、そうだ。  シャワーを浴びる彼を待つ間、ベッドに座って近くにあった本をぱらぱらとめくっているうちに僕は眠ってしまったんだ。ふかふかのベッドが気持ち良くて、身体を投げ出してぐーっと背伸びをして、そのまま横になって。そうしているうちに彼が風呂から上がり、部屋に戻ってきたんだろう。  雨はまだ降っていて、灯りをつけていない部屋は薄暗く、彼の顔はあまりに近すぎて表情がよくわからない。僕の顔の両側にあった彼の腕がひじのところで曲がり、彼の唇が僕の唇をとらえた。僕は目を閉じた。彼は、何も言わなかった。  お風呂上がりで柔らかく温まった唇を少しずつ動かしながら、彼の舌が僕の中に滑り込んできた。その唇が離れた刹那、 「僕、雨の音が嫌いなんだ。だから――……」  彼に借りたTシャツも、いつのまにか脱いでいた。  入学した頃、とある講義で彼を見かけて、心がザワついた。  教授の話に耳を傾け、熱心にノートをとる彼の横顔を、何度も盗み見るようにしていた僕はたぶん、彼に一目ぼれしていた。  窓を3センチぐらい開けると、雨に濡れた庭先のキンモクセイの香りが鼻の奥深くにまで入り込んでくる。このまま雨脚が強まったら、小さな黄色い花は朝になる前にこぼれ落ちてしまうかもしれない。  今年の秋は、この可憐な黄色い花を彼の腕の中で眺めることはできないのかもしれないな。  あと何日?  あと何日待てば、君は帰ってくる? End

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