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フリップサイド 5

「ねぇ、俺がいつもタカアキを抱いてるの? 挿れる人が『抱いてる人』になるわけ? そうなると、お前は俺に抱かれてるの?」  ベッドに体を起こし、水が半分ぐらい残ったペットボトルを僕によこしながら彼が言った。 「バカかっ、何だよそれ」  彼と裸で抱き合うようになって、もう何か月にもなるというのに、いまだに「抱く」とか「抱かれる」とか、口に出して言われると顔がかぁっと熱くなる。その言葉以上のことを平気でしているくせに。  けど、抱く人と抱かれる人、その差は一体何なんだよ、という気にもなる。そういえば最初の頃から、いつもだいたい僕が下で挿れられる人。彼はその逆。何で、そうなったんだろう。彼が僕より少し背が高いから? 「ねぇ、俺、お前に挿れられてみたい。どんな気分なのか、知りたい」 「はぁぁぁぁぁ?」  思春期真っ只中の10代の好奇心の最強っぷりをここで発揮するのかよ。  放胆というか、ある意味、男らしいというのか。 「ねぇ、タカアキ。抱いて」  僕に向かって伸びてきた手が、頬に触れた。 「っば、か……やめろって。その言い方」 「それとも、俺を抱くのはイヤ?」 「そんなこと…………」 そんなことあるわけない。……好きなんだから。 「じゃあ、1回だけ。挿れて」  あぁ、もう。  わかってんのかな。自分がいったい何を言ってるのか。けど、柔らかく請うような口調とは裏腹に、彼は一度言い出したらなかなか自分からは折れてくれない。やさしそうな顔つきをしているし、実際にサッカーをしている時以外は、誰に対しても穏やかに接する彼は、たいていの人に温和な印象を与えている。  ……けどまぁ。そんな、言い出したら聞かない彼を知ってるのも、彼氏である特権の一つか。そんなふうに自分を納得させて、大げさにため息をついて「わかった。いいよ」と返した。  本当にいいのかよ、とも思いながら。  スピーカーからは、相変わらずノラ・ジョーンズの新しいのが聴こえてる。 「……ねぇ、タカアキ、ちょっとだけボリューム上げていい?」 「いいけど。何で?」 「あー、えっと……」 「ん?」 「いや、……」 「何? はっきり言えよ」 「恥ずかしいから。……俺の声、聞かれるの」  レコードプレーヤーのほうへ視線を向けるように、彼は僕から目を逸らした。  僕よりも背が高くて、肩幅も広い彼が、キュッと体を縮こまらせるようにして。  一瞬。  ほんの一瞬の、その瞬間。  背中を舌先で下から上へと舐め上げられるような、ぞわりとした感覚が全身を包んだ。  何だろう? 彼に対する、言いようのない衝動みたいなものが湧き上がってきて、胸のあたりでぐるぐるしているのを感じる。火照るみたいに、足の先からまただんだん熱くなってくるのがわかった。  何だよ、それ。  ダメだよ。  そんなんじゃ僕、お前に何するかわかんないよ。  あの日から今日まで約5年間、ずっと眺め続けてきたのに、お前がそんな仕草をしてそんなコトを口にするヤツだったなんて、今この瞬間まで知らなかった。  お前。  お前、なんて呼び方をアキにしたこと、これまで一度もない。 「……やっぱり今日はダメ。また今度な」  アキは、「えっ?」と声にしながらも、瞳の奥にはホッとしたようなものがちらついているように僕には見えた気がした。  いいよ、それで。  というか、それがいいよ。  僕らは未熟で、好奇心はあるくせにいつも妙に醒めたフリをしてしまう。けど、刺激ばっかりを求めているわけじゃない。  彼に触れられて、彼の下で硬い身体を抱きしめながら過ごす時間も、いつもと同じことをしているようで、いまだに毎回、口から心臓が飛び出そうなぐらいドキドキしている。  だから、「また今度」が本当にあるのかは、わからない。  狭いベッドで体を起こしたままの彼の腰に腕を回し、唇にちゅ、と音を立てて唇をつけた。 「ヤル気をへし折っちゃったから怒ってんの?」  そう訊ねると、彼はいつものようにふふんと笑い、「別に」と言いながら、「今度こそ勉強? それとももう1回する?」とか何とか。  僕は、「どちらでも」と答え、A面が終わったノラのレコードをもう一度ひっくり返すためにベッドを出た。 End

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