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(1)世話係

 淡い夢を見ていた。とても心地のよい夢だった。  このほど東京からこちらへ引っ越していらっしゃる良様は、大奥様のご長男のご子息だ。将来的にアルファとして第二の性が発現すると大奥様が認めた方で、事実勉学はもちろん水泳にも長けていらっしゃるという。不幸な事故で失明されたにも関わらず、自分ができる最善を尽くされているとうかがっていた。  なぜ東京のご自宅からこちらへお渡りになるのか、僕ごときにはわからない。ただ、お目がご不自由なのでお世話をする者が必要だと、大人たちが話していた。  この佐々木のお屋敷には大奥様に認められたアルファ候補の少年が二人いる。正紀と孝だ。当然世話係にはこの二人のうちのどちらかが任ぜられると思っていた。彼らもそう考えていたと思う。  僕はある雨の夜、大奥様のお部屋に呼ばれた。 「秀、参りました」  大奥様は書類から目を離すことなく、こうおっしゃった。 「明日、良がこちらへ着く。世話係はお前だ。そのつもりでいるように」  驚いてつい反問してしまった。 「わたくしでよろしいのですか?」 「私が決めたことだよ」  じろりとにらまれて、平伏した。 「かしこまりました。精一杯務めさせていただきます」 「お前はまだ学校に戻るまい? 目の不自由な良がここに慣れるまでは、誰かが着きっきりで世話をしなくてはならない。だからお前が適任だ。アルファ同士の競い合いも鬱陶しい」  ああ、そういうことか。 「お前が発情期の間は正紀をつけるつもりだ。お前ほど細やかなことはできないだろうが、仕方がない」  下がっていいと言われ、自室に戻る。  廊下に正紀と孝が待ち構えていた。どちらも不機嫌そうだ。 「結局お前かよ、オメガ」  僕はこの二人にオメガと呼ばれていた。事実だからどうしようもない。 「一日中、お仕えすることができるからだそうです」 「坊っちゃまは目がご不自由だから、当然の結果か」 「お前は学校さぼっているもんな。中学は何日通った? 卒業できないぞ」  こんなふうに弄られるときは黙っているしかない。 「ヒート抑制剤の効きが悪いなんて、大変だよな。閉じこもっている以外何にもできない」 「だから、コイツは家事を仕込まれているんだろう。どこかに妾として出されることがほぼ確定しているらしいしな」  すべてが真実だ。  僕は幼い頃から、このお屋敷で育てられ、「佐々木の家のために婚姻なり、妾なりに出すから、そのつもりで家事を覚えるように」との大奥様の指示で、料理、掃除、洗濯、裁縫、華道、茶道など、嫁入りに必要と思われることはすべて仕込まれてきた。オメガであれば子を産み育てることが大切だと、発情期が来てからは、房事に関する本や雑誌も渡され、自分がどんな未来をたどっていくのかを知らされた。  なぜ、僕はオメガなのだろうと思わずにはいられなかった。  なぜ第二の性が生まれてきたのか。  僕も社会に出て働くことをしてみたかった。けれど、初めての発情期の経験がそれを赦さなかった。

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