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第6話
「やっぱ、あなた、面白い」
「おもしろい?」
「ええ」
ひとと違う職業だから興味を持たれたのだろうかと考えて、彼がさきほど「興味本位」という言葉をつかったことを思い出して床をみる。神経過敏になりすぎているのはきっと、わたしのほうだろう。彼はわたしが彼の顔に目をむけるのを待ってから口をひらいた。
「気を悪くされたなら、すみません。その、ありがとうございます。おれのほうも焦ってあなたを驚かせたみたいだし、この話はまた今度ってことでいいですよね?」
そういった顔には、さきほどのようにうちひしがれた様子は微塵もない。彼はわたしが勢いに押されてうなずくのを確認し、ことばを重ねた。
「ひとつ、いいですか? たしかに恋愛はスルものでしょうけど、恋は向こうからやってくるから防ぎようがないんですよ」
「夢のように?」
「そう。夢のように、おりてくるんです」
彼はしかと頷いてのち、あ、夢違えみたいなのはナイですよ、と慌て顔で言い添えた。わたしたちは顔を見合わせ、お互いに笑いあった。
彼はそれから、さすがに戻らないとまずいと時計をみて、じゃあ気をつけてと言い残して店のほうへと消えた。
扉がしまる音を聞き終えたと同時に吐息がもれた。しかしそれは、先ほどロッカールームでついたものとは明らかに違う。東の空を眺めて馨しい香音の降りるのを待つ、なにかを期待する予感に似ているものだった。
ずっと、恋とは落ちるものだと思っていた。自身の不注意で陥穽にはまる危険な行為だと感じ、なるべく近寄らないで避けてきた。夢秤を平衡に保つよう、わたしのこころをまっすぐに、または平らかにしておきたいと望んでいた。しかしながら、彼のいうとおり、向こうからやってくるのだとしたら、たしかにそれは避けようがない。わたしは幸運にして(それとも不幸にして?)、今まで恋に急襲されたことがなかったのだろう。
それに、左右どちらにも振れない夢秤は悲しいものだ。それは、誰もが夢をみない、この視界に香音のならない証だ。そんなさびしい処にはいたくない。また、馨しく気高い香音だけを聞くほうがいいとも思わない。たとえそれが悪しき夢の放つ腐臭と耳を聾す爆音であろうとも、わたしはそれを聞くことを厭わない。
わたしはきっと、何よりも夢が好きなのだ。わたしが恋をしているとすれば、それは「夢」そのものだ。
足を踏み出してまず思い浮かべたのは、傾いだままになった金銀の夢秤のことだ。家に帰ってすぐに、あれを調整しないとならない。
いつか、誰かにあの傾いだ夢秤を見せて笑う日が来るのかもしれない。その相手が彼であるという確信もなく、また実のところそうした願望も特にはないようだけれど、そんなことを想像する日がこようとは思いもしなかった。
もしも。
もしも恋が、夢のように降りてくるのであれば、わたしはその香音を全身で聞くことだろう。
わたしは「夢使い」。
夢のように降りてくるものを拒めるはずがない。
終
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