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第二部「階梯(はしご)と車輪」1

 わたしは夢使い。ひとさまに夢をあがなうのが生業だ。  けれどまだ駆け出しの上、いまのように景気が悪い時代にはなかなか依頼者があらわれない。そんなわけで日中はコンビニエンスストアで働いてどうにかこうにか暮らしている。いっときは故郷に帰り師匠の御宅に身を寄せるべきかとかなり真剣に悩んだものだ。  ところが、さいきんになってようやく本業が軌道にのりはじめた。そうすると、今までは二十代の男性であるためか夕方や夜勤のシフトを多くうけもっていたのだが、ちかごろは昼シフトばかりにさせてもらえることになった。それで別に問題はないのだが。モンダイは何もない、はずなのだが……  彼と、いっしょのシフトではなくなっただけで。  彼。  かれ、とは。  同じコンビニエンスストアの同僚、ちかくの大学の学生だ。彼はそこで優秀なほうらしい。察してはいたので驚きはない。仕事の手際を見ていればわかる。おそらくわたしの何倍も頭の回転が速く、記憶力がいい。あれで店長もそういうところがあって、聞けば同じ大学出身だそうだ。生まれついて出来がいいのだろう。  引き比べ、このわたしときたら。  商品の名前は覚えられないうえに接客業だというのに笑顔のひとつも浮かべられない。勤め始めのころは、挨拶の声さえもまともに出せなかった。こんなわたしをよくも雇い入れてくれたものだと店長にはたいそう感謝している。あいにくきちんと口に出してそういったことはないが、この気持ちに偽りがない。たまに、わけのわからない揶揄をされようとも、だ。  噂をすれば影ありといったものか。店長がレジの傍にやってきた。 「今日あいつは来たのか?」 「いえ」  小さな声で否定した。すると店長は無精髭の生えた顎を片手でなぞり、なんだ、しょうがねえなあ、口説き落としたいなら御百度踏めって言っとけよ、と肩をすくめた。わたしはそれを聞かなかった顔で、お待ちのお客様、と声を出した。  スーツ姿の若い女性。近所のOLさんだろうか。チョコレートクッキーをひとつとぴったりの小銭。袋はいりませんシールでお願いしますという声にうなずきながら指示通りに対応する。そうしてレシートを渡そうとしたところ、視線が合った。そのまま彼女がおずおずと口をひらく。 「……あの、夢使いさん、なんですよね?」  カウンターの端においてあるご依頼箱を見たのだと思った。 「はい、そうです。すみませんが、ご依頼は文書で受け付けておりまして」  彼女は慌て顔で首をふった。 「忘れちゃったかな。ほら、高校の同じクラスで、いっしょにクラス委員やった」  あ。  そう言われてみると面影がある。紺色の制服をきた姿がそれに重なった。 「イインチョ?」 「そうそう!」  ひさしぶり~、と彼女は軽やかな声をたてた。あのころと、変わらない笑顔で。

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