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第1話 束縛

「志郎、今から出掛けるの? もう夕方よ」 「ごめん、母さん。ちょっと友達の家に行ってくる。今晩泊まるって約束したのを思いだした」  玄関で靴紐を結び、制服姿のまま母にそう答える。パタパタとスリッパの音がして、母が玄関まで心配そうな顔を見せた。 「泊まるのはいいけど、気を付けて。危ないことはしないでね。角の家が空き家になってから、この辺り物騒でしょう?」 「大丈夫だよ、家の中にいるから」 「それならいいんだけど。……(つかさ)のことがあったから」  司、という名を口にしたあと、母は言いたくないことを言ったかのように黙ってしまう。司は志郎の双子の兄だ。ちょうど三か月前に家を出たきり、帰ってこない。 「心配しないで、母さん。俺は司とは違う。ちゃんと連絡の取れる場所にいるし、明日の朝には帰るから」  志郎は無理やり頬の筋肉を引き上げ、笑みを作った。作り笑顔でも、三か月前の司がいなくなって以来、すっかり心配性になった母を説得できるようだ。 「行ってきます」  志郎は母の顔を見ないように、扉から滑り出すようにして玄関ポーチへと出た。  ひとたび家を出ると、家じゅうに蔓延する無言の重力から、解放された気がする。  母は昔から、志郎たち双子に過干渉気味なのだ。 「どこに行っていたの」、「だれと遊んでいたの」、「どんな子なの」、「テストの結果はどうだったの」。  母の口から放たれる言葉は、志郎と兄をうんざりさせるものばかりだった。 (司も、母さんに嫌気が差して出て行ったのかもな)  住宅街の私道を山のほうへ進むと、すえた匂いが風に乗って鼻をかすめる。角の空き家からだ。馴染まないその臭いを嗅ぎ、志郎はスンと鼻を鳴らした。  角の家にひとり暮らしをしていた老人がなくなったのは三か月前だった。老人の親戚は葬儀を上げてくれたようだが、彼の残した家を放置したままだ。  所有者不在と知った余所者がゴミを持ち込み、草がぼうぼうに茂る庭に置いて行く。近所の者が注意をしようにも、明け方や夜中に去って行くので、対処できない。現在、老人のいた角の空き家には箪笥や椅子、ポリ袋、果ては便器までがうずたかく積まれてしまっている。  果ては、柄の悪い若者がたむろするようになり、食べ物の空き袋や飲みかけのペットボトル、煙草の吸い殻などをそのままにして去って行く。散らばるゴミたちは、近所の者で話し合い、月に一度片付けることになった。

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