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第12話
「いい加減諦めろ。俺以上に翠の好みの男なんていないんだからさ」
どうしようもなくうなる俺を見て勝ち誇ったように言い切る颯吾のかっこよさは悔しいほど。
本当に、これ以上大事に思う相手は他にいないだろう。俺が成長を見守ってきた本人に言われれば違いない。
だから俺は降参のしるしに、力を抜いて颯吾の腕の中に倒れ込んだ。すっかり立派になって俺を軽々受け止める厚い胸板はとても頼もしい。
「そうそう、それで正解。……ずっと、翠にこうしたかった」
そんな俺を抱きしめ、颯吾は愛しげに首にすり寄る。
しっかりした腕の力は容易にほどけないほど強く男らしい。
……そうか。もう俺が見守って心配するような年じゃないのか。
自分で決めて自分の思いの通りに行動する。もしかしたら颯吾はずっと前からそうやってきたのかもしれない。
「それにしたって、いきなり隣に越してくるとか、思い切ったね」
「ここだけの話、隣に越したらいつかヒートの時に当たるだろうと思って、超狙ってた」
「ね、狙ったの?」
「思った以上に翠のフェロモン強くて若干暴走したけど、おおむね狙い通り」
もう子どもじゃない証拠に、ちゃんとずる賢く作戦を練っていた颯吾に、呆れつつも感心してしまう。
結局、全部が時間の問題だったというわけだ。
そこまで徹底的にやられると、抵抗するのがバカらしくなる。
「わかった。降参。素直になる。……好きだよ、颯吾。颯吾は、誰よりも一番かっこいい、俺の自慢の男だよ」
一度体を離し、わかりやすく両手を挙げて白旗を振る。
俺の大事な颯吾。その颯吾が俺がいいというのなら、それでいいじゃないか。いや、それがいいに決まってる。
それに言ってしまえば三歳差の分、俺の方が先に颯吾を好きだし可愛がっている。かっこよくてなんでもできる男で、大事に愛してきた。それは誰にも負けない自信がある。だからそれをそのまま口にすれば、颯吾は苦いものを噛んだかのように鼻の根元にしわを寄せた。
「めちゃくちゃ嬉しいけど、それってヒートのとき以外もセックスできる『好き』?」
心中の複雑さをわかりやすく表情で表して、颯吾は低い声で問う。
単純に喜んでくれるかと思ったのに、どうやらそういうところもちゃんと大人になったらしい。
この件に関しては喜んでいいやらどうなんだかと、こちらは素直に肩をすくめた。
「わかんないよ。だから今度試そう」
安曇さんのときも思ったけど、なんでみんなしょっちゅうしたがるんだと不思議に思うくらいには欲というものが俺にはない。たぶんヒートのときに全部が集められて爆発して発散されるんだと思う。
だから颯吾相手じゃなくてもしたいと思うかどうかは本当にわからない。そして当然ぶっ飛んでない状態で颯吾を相手にするというのがどういう感覚なのかもわからないから、実際その状況になってみないとわかりはしない。
そういうことだからまた今度とベッドを降りようとしたけれど、颯吾の鋭い視線が待ったをかける。
男が性的に狙っている相手を見る目とはここまで露骨なものかというわかりやすさ。
「……今試したい」
「今はダメ。ごはん、作ってくれたんでしょ?」
颯吾にはないしょの話だけれど、番になったからといって完全に発情期がなくなったわけではないと思う。むしろ無尽蔵だった性欲の向きが颯吾に定まった感じだ。だからまだ期間中の今、押されたらきっと流される。
していないからまだ予感だけど、なんとなくそれはわかる。
そして今すぐそれを確かめるのはさすがにまずいってことは、鈍くなった今の頭でも考え付くことだ。だから別の欲で満たしたい。実際颯吾の作ったごはんに興味があるのも確かだし、お腹もペコペコだ。
「……俺は翠を食べたいけど、飯は食ってほしいからそっち優先にする」
それでももう少し言葉を重ねた方が安全か、と口を開きかけた瞬間颯吾がため息をついて、思わず笑ってしまった。本当に大人になって。
「優しいね。そういうとこも好きだよ颯吾。いい子いい子」
「待て、好きが嬉しいのと子ども扱いとで感情が難しい」
よくできましたと頭を撫でたらものすごく困惑されて、そのまま笑っていたら強引に気持ちを納得させたようで、切り替えるように立ち上がり。手を掴んで引き上げるみたいにしてスマートに立たせてくれた。そして手を繋いだままリビングへ向かう。思ったよりも普通に歩けるけれど、頼れる手があるのはいいものだ。
「飯がうまいと思ったら今日このまま泊まってって」
「ん?」
自信があるのか賭けなのか、俺をソファーに座らせて用意しながら、ぼそりと呟くように誘われて一瞬考えてから首を傾げた。
「たぶんだけど、俺、颯吾がごはん作ってくれたってことだけで嬉しいからなんでもおいしいって言っちゃうと思う」
「……こういうときに年上感とか余裕出してくんのマジでずるいと思う」
そしてまた颯吾は俺の答えをどう取ったのか、少し拗ねたような表情からははっきりわからない。ただただ思ったことを言っただけなんだけどね。
で、だ。
その後、つまり結局味はどうだったか。
その答えは、「朝ごはんもおいしかった」ってことでいかがでしょう?
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