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第11話
「颯吾……」
「翠と番になれて本当に嬉しい」
後ろに回ってきた颯吾の手が、俺のうなじを撫でる。自分でつけた跡を愛しそうに辿って、穏やかに笑って。
「翠は俺のこと好きじゃない?」
「好きだよ。ずっと。颯吾は俺の自慢だった。でもだからこそ仕事とか将来のこと考えてちゃんとアルファの、颯吾に見合った相手を選んでほしかったんだけど。こんな簡単に番なんてなっちゃうんじゃなくて」
「簡単じゃないし、仕事の面ではむしろ番がいた方が有利なんだけどな。だから上司に、上に行きたいなら番になれって見合い勧められて全部断ったわけで」
「見合い? 断った?」
「俺は、絶対翠を番にするって決めてたし」
確かになんの面にもおいて優秀なアルファは仕事だってできるだろうけど、一つどうしようもない弱点がある。それがオメガのフェロモンだ。
どんなに有能なアルファだって、ヒート期のフェロモンの誘惑には抗えない。間違いも起こりうる。
だから、特定のオメガと番になっているアルファの方が信用度が上がるんだろう。それはわかるけど、その相手が俺だってことが納得いかない。
「俺の家族にも翠の家族にもずっと翠と番になるって言ってて了解ももらってる」
「え、そうなの?」
戸惑う俺とは正反対に、颯吾はなんとも快活に話を進めていく。
そんなこと初耳だし、だったら俺の住所を教えたのも親の後押しだったのかもしれない。
「あと恋人『設定』の安曇さん」
「せ、設定って」
「だって嘘だろ? 翠、俺に嘘つくとき目逸らすもん。わかりやすい」
騙した気になって、安曇さんにも頼んで、若干気まずい思いをしつつそれでもその方がいいかと思っていたのに。どうやらとても無駄な努力だったようだ。単純ながらに気づいていなかった癖のせいでとっくに見破られていたらしい。
「この前ちょうど会ったから話してきた。どうしても翠がつらいときにお世話になってたんだろ? だからその役目は俺が引き継ぎますって挨拶してきたからそれも心配無用」
しかもしっかり裏を取っていた。
とはいえ安曇さんは安曇さんで、余計なことは言わない悪い大人だ。嘘をついたわけではないけれど、すべてをバラしたわけでもない。そういう要領の良さに助けられていたんだけど。まあセフレかと言われればそういうのとも少し違うから説明が難しく、結局はそういうことにしておくのが一番だ。それこそ厄介な争いを招きかねない。
それにしても、知らないうちに周りから固められていたとは。
「俺はこうなることをずっと望んでたし、両親にも言ってて仕事にもプラス。だからあと問題なのは翠の気持ちだけ」
すっかりと俺の知らないところで話は進んでいて、取り残されているのは俺だけだった。俺だけが、颯吾に似合う相手が出てくるといいなとのんびり思っていたのか。
「翠は嫌だ?」
「嫌とかじゃなくて……」
考えたことがない、というのが本音。
だっていつか颯吾は誰か素敵な相手を見つけて幸せに結ばれるものだとばかり思っていたから、その相手が俺になるだなんて考えてもいなかった。いや、そんなこと考えるようなものではないと思っていた。
「じゃあ逆に聞くけど、翠は俺がどこの誰かもわからないような奴と番になってもいいってのか?」
「え」
混乱に次ぐ混乱でいっぱいいっぱいになっている俺に、颯吾はなおも難しい問いを重ねてくる。
はっきりしない俺に少し苛立っているのか、肩を掴み、逸らせないように視線を絡めてきて。
「俺は勝手に運命の相手って盛り上がって、でも周りから見たらめちゃくちゃやばい奴と番になるって言ったら翠は喜べる?」
「そ、それは……でも颯吾の選んだ相手なら」
「俺はとっくの昔から翠を選んでるんだけど?」
「うぐぐ」
昔から口は達者だったけれど、それでもあまりにも簡単に言いくるめられて二の句が継げない。
颯吾の幸せを願っている。その颯吾が幸せだと思う相手が俺なんだったら。
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