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第10話

 そんな夢を見た。 「……で、終われればよかったのに」  自分のものではないベッドの上で目覚め、俺は大きくため息をついた。  俺の部屋と逆になるような間取りの寝室は、よくは知らなくても見覚えはある。……わざわざ運んだのだろうか。  とりあえず起き上がってみて色々確かめるように体の調子を確かめるも、ヒート中だと思えないほどに体が軽い。なにもかもがすっきりというわけではないにしても、尋常じゃない性衝動は治まっている。 「やっぱりこれのせいだよな……」  首に手をやれば、感触でわかるくっきりした歯型。どうやったって消えないほど、しっかりと跡がついている。  そりゃ確かにアルファと番になったオメガはフェロモンが変質してヒートが楽になると聞いていたけれど、こんなにあっさりと変わるとは思わなかった。 「ていうか、何回噛んでるんだ……」  指先で辿る歯の跡が一つじゃなく、それだけ颯吾の執着が感じられる。そりゃもちろん発情状態で理性は利いていなかったとはいえ、この無節操な噛み方が颯吾らしくてなんとも苦い笑いが洩れた。 「お、良かった。起きてた」  そうやって姿を思い描いたからだろうか。開いていたドアから顔を覗かせたのは、妙に清々しい顔をした颯吾。あの獣のような姿がとんでもない夢だったかのように晴れ晴れした笑顔を浮かべている。  でも、夢じゃないことは俺のうなじにある歯形が示している。  だからつまり、颯吾としたことは全部現実だったわけで、あれやこれやの痴態も全部本当で、俺が颯吾にもっとしてくれとねだったのも現実で。 「なんか食えそう? 飯作ったけど」 「い、いらない」  その顔を見た途端、急に色んなことが思い出されて羞恥に声が掠れた。  ぶっ飛んではいたけれど、したことはほとんど覚えている。自分がどんな風に颯吾を欲してねだったか、そして颯吾がどれほど激しく自分を抱いたか。  それを思い出してしまっていてもたってもいられない。  とにかく今は颯吾と距離を置きたいと望む俺をよそに、颯吾は困った顔をして部屋に入ってきた。なんて優しいいい子だろう。 「翠は細いんだからちゃんと食わなきゃダメだって。そりゃ今のままでも体は綺麗だけど、たとえばさっきみたいに無茶すると、体壊すんじゃないかと思って心配になるんだよ。それに、ただでさえ朝も昼も食べてないんだから少しぐらい食ってよ。な?」  平然とした顔で、いや普通に心配する顔でさっきまでなにをしていたかを匂わす颯吾に、恥ずかしすぎて顔を隠してベッドに沈んだ。  本当に、なんてことしちゃったんだ……。  よりにもよって、颯吾と寝てしまった上に、番にまで……。 「なに? 恥ずかしがってんの? 翠、可愛いな」  うずくまるように丸まる俺のうなじにちゅっと音を立ててキスを落とす颯吾に、耳まで熱くなる。なにもかも絶賛後悔中だ。 「俺のこと必死で求めてくる翠も可愛かったけど、こうやって照れてる翠も可愛い。大好きだよ」  髪を優しく撫でるように梳き、耳元に囁いてくる颯吾の声は低く甘い。まるで恋人にするみたいだ、と思って、それ以上の話なんだったとまた恥ずかしくなる。  離婚できる結婚よりも重い、それこそ死がふたりを分かつまで離れられない結びつき。番とはそういうものだと教わった。 「飯食ったらさ、今度はちゃんとベッドでしような。翠のフェロモンがエッチすぎて余裕なかったからあんまり優しくできなかったけど、次はもうちょっとちゃんと」 「颯吾、ちょっと待って」  一人で盛り上がっている颯吾の甘ったるい誘いに、落ち着いてくれと落ちてくる唇を避けるように起き上がれば、ベッドに座った颯吾はゆっくり首を振った。 「待たない。俺は十分待った。だからもう待たないよ」  止めようとする俺の腕を掴み、引き寄せて今度は唇にキス。柔らかく食むような、颯吾の気持ちが伝わってくるキスだ。

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