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第13話(R18)

◇  天蓋のカーテンに閉ざされた空間に、二人の荒い息遣いが籠もり、フェロモンが可視化できるのではないかと思う位に、熱気が充満している。  高濃度のフェロモンを吸いながらの欲情にまみれた激しいまぐわいのせいだろうか、お互いの身体から大量の汗が流れ出していた。むせ返るような香気の中、抱き合っているせいで、濡れた肌が滑り易くなっている。 「ヨル、いるか?」 「はい。ファラン様」 「水を。それと身体を拭く物を持ってきてくれ」 「畏まりました」  暫くして、ヨルが水と小さめのピッチャー、バスタオルを持って戻って来た。 「失礼致します」  ヨルはお辞儀をし、薄いカーテンを捲った。  中ではラシャが小さく喘ぎながら、ファランにのしかかられていた。完全に酩酊状態で、『恋闇時計』の効力に囚われているようだった。まだ兄の欲望を入れられたままで苦しそうだが、快感が勝っているのだろうか、腰が悩ましく揺れている。 「ファラン様、水でございます」 「あぁ、ありがとう」  ファランは、ラシャとの接合状態をヨルに見られても動じる事なく、グラスを受け取った。  そしてグラスの水を喉を鳴らして半分程飲むと残りを口に含んだ。ラシャの頭を掬い上げ、唇を寄せる。舌で彼の唇を開けさせ、水を口移しで飲ませた。 「うっ、うんっ……」  ラシャは呻き、顎から水を滴らせながら、流し込まれる冷水を飲み込み始める。時々くちゅりとお互いの舌がもつれ合い、甘い声が漏れ出す。  ヨルが空になったグラスに水を注いだ。二、三度繰り返して水を飲み干す頃には、欲望の火が付いたファランが再び腰を獣のように振り立て、ラシャを激しく抱き締め愛し始めた。 「ひぁ、やぁっ、あっ、あぁっ、はぁっ、ひぅっ……!」 「あぁ、ラシャ、ラシャ……。こっちを向いてっ……!そう、あぁ可愛いよ……、私のラシャ……!」  フェロモンの干渉で、平生は冷静沈着な王子の箍もすっかり外れてしまっているようだ。まるで恋人同士が睦み合うような、王子の実の弟を愛し攻める行為の前に、ヨルは表情を崩さずに無言で礼をして、カーテンを静かに閉めた。  人族のヨルにとっては、獣人のオメガやアルファのフェロモンを吸っても、多少息苦しさと軽い目眩を覚える事はあるが、彼ら程には影響は受けない。お陰で獣人族からは、使用人として重宝されている。  彼らの番に対する執着や愛する者への欲望の量は、ヒト族のそれとは比ではなく、驚かされる事ばかりだ。ヒト族に比べて個体差はあるものの、体力も筋力も魔力さえも、桁違いに高い獣人族のポテンシャルは、常識の範疇を超える。  まず、ヒト族は血縁の近い者と愛し合う事は禁忌とされており、遺伝子的にも子を生んだりすると、高い確率で障害のある子が出来ると言われている。  しかし獣人族達は、その事実には当てはまらない種族だ。従兄弟同士は勿論、兄弟や親子で愛し合い子を成すのはそう珍しい事ではないようだ。それだけ体が頑丈で遺伝子の作りが違うのか、魔力の質量が関与しているのか、原因は不明だ。彼らにとっては、健康の観点では問題ではならないのだし、調べる必要はないのだろう。  ただ他の種族から見て、倫理的に眉を顰められる事もしばしばあるようだ。なので、獣人達も近親相姦は決して褒められた事だとは思っていない者も多い。  しかしヨルはこの宮殿で働き始めてから、それは些末な事なのだと思い直していた。  兎獣人であるラシャの可憐で守ってあげたくなるような姿には、ここで対面した瞬間、その愛らしさに全面降伏してしまった。獣人の特徴に多い、雄々しくて絶対的な強さに憧れの念を抱いていたヨルだったが、こんな全身純白の容姿で笑いかけられた際には、一目で落ちてしまったのだ。元々、小動物系にはめっぽう弱いのは、秘密にしておきたいのだが、可愛い物には抗えない性分だ。  ヨルの場合、恋愛とは関係のない愛情でラシャを護りたいと思っているので、彼が幸せになってもらえれば、何の問題も無いのだ。例えそれが、従兄弟のドラグでも、兄のファランだったとしても。ラシャが一生愛するに値するアルファならば、彼としては何人でも名乗りを上げてもらって構わないと思っている。  そう、ラシャとファランの激しく求め合う姿をカーテン越しに見つめながら、熱い吐息を洩らして満足気に薄く微笑んだ。 「あぁ、どうやらもう一人、あれに加わる方が帰って来られたようですね……」  廊下から微かに聞こえてくる、急いた足音がこちらに向かって来るのに気がついた。宮殿全域に『気配探知』を張り巡らせていたヨルは、その足音の主が苛立った様子で、兄へ悪態をついている言葉までしっかり聞き取っていた。 「兄上に先を越されて、大層ご立腹のようですね……」  さて……。と彼は、一日働いた汗を湯浴みで流してもらう為に、素早くバスタオルとバスローブ一式を抱えると、入口の扉に待機した。  これから彼がどんな風にオメガ兎を可愛がり、抱くのだろうかと想像するだけで、ときめきが止まらない。  どうやら少なくとも夜明けまでは、ラシャ様のお身体は休ませて貰えないようですね……。  そうオメガの愛され兎である主を深く慕う執事の顔色は、何を考えているかを全く窺わせない完璧な物だった。  しかし心の中ではラシャを案じ、明日になったら早く回復出来るように、あらゆる手を尽くして介抱しようと心に決めていた。  扉が開き、大きな足音を立てながら部屋に入ってきた勇ましく精悍な相貌の二人目の王子を、彼は深い礼で恭しく出迎えたのだった。 (終)

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