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上
かひゅ、と細い息が、オレの乱れた呼吸にかき消されていく。
その息遣いがあまりにも死んでしまいそうなもので、思わず手に込めた力を緩めた。
けれど、オレの下に組み敷かれた梅希 は、表情を緩め、愛おしそうにオレを見上げてくるものだから、腹が立って、また首を絞める手に力を込める。
「ン、ぁ……兄貴、まっ……」
ぎゅう、とオレが首を絞めるのと比例するように、梅希の後穴がきゅう、と締まる。思わず、ぶるりと震えて吐精してしまった。勢いに任せて行為に及んでしまったので、スキンはつけていない。
自分の精液が、こいつの腹の中にあると思うと、ずくりと腹の底が熱くなった。
――うらやましい。
一瞬思い浮かんだ感情をかき消すように、オレは眼鏡をかける。
ずるり、と自身を引き抜くと、たら、と少量の白濁液が梅希のアナルから垂れる。その様子を見て、思わずごくり、と唾を飲み込んだ。
すぐにはっと我に返る。
羨んでなんかない。違う、違う!
苛立ちと、確かに残る欲を誤魔化すように、オレはベッドから降りた。
「後、お前が片付けておけよ。オレ、先にシャワー浴びるから」
「え、ああ、うん。それは、いいんだけど……」
疲れたようにベッドに横たわったまま、顔だけをこちらに向ける梅希の目は、オレを心配そうに見ていた。
もう、大丈夫なの?
そういわんばかりの視線が、さらにオレの怒りを誘う。
舌打ちしたい気持ちを抑えて、乱暴に服を取り、そのまま浴室へと向った。
「っ、ふ……クソッ」
一人暮らしのワンルームは、部屋から風呂場までそう遠くはない。すぐに浴室までたどり着きはしたものの、オレはへたりこんでしまった。体が熱く、重い。
ことを済ませたというのに、すっきりとしない。むしろ、熱は始める前よりひどくなっている。眼鏡を丁寧に棚へと置く気力もなくて、踏まないような床へ放り投げた。
オレは蛇口へと手を伸ばし、なんとかシャワーを流す。湯のほうをひねっても、最初のうちは冷たいもので。冷えた水がオレの体をたたいた。
それでもオレの体は火照ったままで。
当たり前と言えば、当たり前だ。
……オレはαやβじゃない。抱く側で満足できるわけがない。
震える手が、自然と自身の穴に伸びる。つ、とつついただけでも、言いようのない快感が体を走った。ぬるりと濡れるそこは、シャワーの水とは違い、確かな粘度と、ほのかな温かさがあった。
「ちが、ちがう……っ。こんな、こんな……っ、アぁ!」
それでも、本能にはあらがえない。つぷ、と指先を窄まりに埋め込んでしまう。嫌だ、違う、と思っていても、そこをいじる手を止めることができない。
指一本でも、先ほどとは比べ物にならない快感がオレを襲う。
たまらず、シャワーの勢いを強めた。こんな声、あいつに聞かれてたまるか。
「おめ、オメガじゃ、な、ぁ、ンッ! ちぁう、ちが、あぁ――ッ!」
パッと高所から落ちるような、深い絶頂。精液は出ないのに、後ろからはとろりとした液が溢れてくる。
はふはふと、息を整えながら、頭が急速に冷えていくのを感じる。
「なんでだよ……くそっ……」
オレは自らの竿を握り、乱暴にこする。違う、違う、違う! オレは男だ、オメガじゃない、違う! 前で気持ちよくなるし、射精だってできる!
自分に言い聞かせながら、痛いくらいに擦るが、先ほどの快感と比べれば大したことはない。萎えたままのそれを握り、どうしようもなくむなしくなった。
「違う、オレは、オメガじゃない、オメガじゃないんだ……」
情けない声は、シャワーの音にかき消されてしまった。
□■□ □■□
オレの人生は、一枚の紙によって崩壊した。
十歳になると必ず行わなければならない、バース検査。
オレは自分のバース性がアルファだと思い込んでいた。両親も祖父母も皆ベータだったが、祖父方の家系はアルファが多くて。可能性としては十分だった。
自分で言うのもなんだが、小さいころから周りより勉強も運動もできるほうだった。最初から、というわけではなく、それ相応の努力は必要だったが、それでも努力した分だけ報われるというのは十分な才能だと思っていた。
一つ下の弟があまり出来のいい子でなかったことも大きいかもしれない。
やっぱりオレは違う。きっとアルファだ。そうでなくても、アルファに近いベータのはずだ。
そう、信じて疑わなかった。
けれど、結果はどうだ。
個人情報保護、とかで、身長や体重の検査と違い、学校で配られるのではなく家に直接送られてくる検査結果の封書。
アルファだろうか、ベータだろうか。ベータでもきっと将来いい職に就けるだろう。
そんな風に開けた封筒の中身には、はっきりと『オメガ』と書かれていた。
最初に疑ったのは、封筒の中には検査結果だけじゃなくて、バース性の説明が書かれた紙が同封されていた可能性。
けれど、入っていた紙は検査結果と、オメガ用の講習会のお知らせと、チョーカーのチラシ。
次に宛先を疑った。学校で検査されたため、一斉に郵送される結果書。オレの家は校区のど真ん中にある住宅街。近所には何人も同級生がいたので、配達の人が間違ったのだろう、と。
けれど、封筒の宛先欄にはしっかりと『七笠 桃希 』とオレの名前が印刷されていた。
それでも信じられなくて、病院に掛け合ったが、なにも間違っていないらしい。
オレはアルファじゃない。
オレはベータでもない。
オレは、オメガだった。
信じられなくて、悔しくて、悲しくて。
――そして、怖くて。
ドラマで見るオメガの男は、みんなどこか女性らしさがあって。それを否定するわけではなかったけれど、自分の思い描いていた将来とはかけ離れすぎて、受け入れられなかった。
その翌年。
弟である梅希のバース性診断結果が『アルファ』と知り、完全に狂った。
オレが本当は『アルファ』で、梅希が『オメガ』なんだ、と。
そう思えは、随分と心が楽になった。
そんなはずはない、とどこかでわかっていたけれど。それでも、梅希を押し倒し、犯していれば、自分は彼より、『アルファ』より上の存在だと思いこむ以外に、自分を救う方法がなかった。
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