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下
「兄貴……? 大丈夫か?」
気を遣うような声が、外から聞こえてくる。
シャワーを浴び始めてどのくらい経ったのかわからないが、梅希が様子を見に来るくらいなのだから、随分とここにいたのかもしれない。現に、流れてくるシャワーは温かいのに、ちゃんと浴びなかったせいで随分と体が冷えてしまった。
「なあ、兄貴……」
「っ、うるさい!」
オレは思わず怒鳴っていた。昔はそれなりに仲のいい兄弟ではあったが、今では梅希の「兄貴」という声を聞くだけで腹が立って仕方がない。オレのバース性検診の結果で徐々にすれ違い、梅希のバース性検診の結果で決定的にオレたち兄弟の関係は歪んでしまった。
それなのに、梅希は変わらずオレを慕うように、心配するように、愛おしいものであるかのように、「兄貴」と呼ぶのが、憎らしくてたまらなかった。
オレはこんなにも、兄にふさわしくなくて、余裕がなくて、みっともないのに、オメガなのに、あいつは――。
「違う、違う違う違う! こんなの認めない! オレはΩなんかじゃないッ!」
そうだ、違うだろ、オメガなのはオレじゃない。梅希だ!
気が付けばオレは浴槽から飛び出ていた。シャワーを流したまま、自身も濡れたまま。
乱暴に扉を開ければ、驚いたような顔の梅希がいた。彼が前を開けて軽く着ているシャツの胸倉をつかみ、そのまま倒せば、梅希は簡単に押し倒された。
抵抗も何もしてこない。まだするのか? と言いたげな顔であったが、すでに受け入れる空気ができていた。
――なんなんだよ、こいつは!
オレは怒りに身を任せ、そのまま梅希の体をうつぶせにさせた。
「あに――っ、た」
こいつが何か言う前に、オレは思い切り梅希のうなじを噛んでいた。流石にそこまでしてくるとは思っていなかったのか、びくりと肩がはねた。
それでもオレはかまわず、力いっぱい噛んだ。意味がないことは、頭のどこかではわかっている。それでも、あの日の診断結果は嘘で、これまでの歪んだ兄弟関係も間違いで。本当に、本当はオレがアルファでこいつがオメガなんじゃないかって、錯覚していたかった。
二度、三度……四度目で、とうとう血が出てきた。
時折、うめき声のような、小さな吐息まじりな声が聞こえてくるが、梅希はやめろ、とは言わなかった。
それどころか、溢れた血とオレの唾液でべとべとになったそこをぬぐえば、艶やかな声を上げる。そんな反応は流石に予想していなくて。思考が完全に停止して、体も硬直してしまった。
「いいよ」
ゆるくこちらを見ながら、梅希は笑う。こいつ、こんな目、してたか?
こんな、獲物を逃さないと言わんばかりの――。
「兄貴のこと、すきだから。兄貴の気が済むまで、俺の、かんで。兄貴の番に、して」
その言葉に、きゅう、と息が詰まった。
オレにとって、こいつとのセックスなんて、『オレがアルファであることの証明』『こいつよりも上であることの確認』でしかない。
でも、こいつにとっては、違った、という、ことで――。
「は、はは……」
乾いた笑いが湧き出る。馬鹿らしくて止まらない。
今更、なんだ、馬鹿らしい。
ああ、オレだって、オレは。
――×してやりたいよ、お前のこと。
一瞬、浮かんだ欲をかき消すように、オレは梅希のうなじを噛んだ。
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