2 / 2

「兄貴……? 大丈夫か?」  気を遣うような声が、外から聞こえてくる。  シャワーを浴び始めてどのくらい経ったのかわからないが、梅希が様子を見に来るくらいなのだから、随分とここにいたのかもしれない。現に、流れてくるシャワーは温かいのに、ちゃんと浴びなかったせいで随分と体が冷えてしまった。 「なあ、兄貴……」 「っ、うるさい!」  オレは思わず怒鳴っていた。昔はそれなりに仲のいい兄弟ではあったが、今では梅希の「兄貴」という声を聞くだけで腹が立って仕方がない。オレのバース性検診の結果で徐々にすれ違い、梅希のバース性検診の結果で決定的にオレたち兄弟の関係は歪んでしまった。  それなのに、梅希は変わらずオレを慕うように、心配するように、愛おしいものであるかのように、「兄貴」と呼ぶのが、憎らしくてたまらなかった。  オレはこんなにも、兄にふさわしくなくて、余裕がなくて、みっともないのに、オメガなのに、あいつは――。 「違う、違う違う違う! こんなの認めない! オレはΩなんかじゃないッ!」  そうだ、違うだろ、オメガなのはオレじゃない。梅希だ!  気が付けばオレは浴槽から飛び出ていた。シャワーを流したまま、自身も濡れたまま。  乱暴に扉を開ければ、驚いたような顔の梅希がいた。彼が前を開けて軽く着ているシャツの胸倉をつかみ、そのまま倒せば、梅希は簡単に押し倒された。  抵抗も何もしてこない。まだするのか? と言いたげな顔であったが、すでに受け入れる空気ができていた。  ――なんなんだよ、こいつは!  オレは怒りに身を任せ、そのまま梅希の体をうつぶせにさせた。 「あに――っ、た」  こいつが何か言う前に、オレは思い切り梅希のうなじを噛んでいた。流石にそこまでしてくるとは思っていなかったのか、びくりと肩がはねた。  それでもオレはかまわず、力いっぱい噛んだ。意味がないことは、頭のどこかではわかっている。それでも、あの日の診断結果は嘘で、これまでの歪んだ兄弟関係も間違いで。本当に、本当はオレがアルファでこいつがオメガなんじゃないかって、錯覚していたかった。  二度、三度……四度目で、とうとう血が出てきた。  時折、うめき声のような、小さな吐息まじりな声が聞こえてくるが、梅希はやめろ、とは言わなかった。  それどころか、溢れた血とオレの唾液でべとべとになったそこをぬぐえば、艶やかな声を上げる。そんな反応は流石に予想していなくて。思考が完全に停止して、体も硬直してしまった。 「いいよ」  ゆるくこちらを見ながら、梅希は笑う。こいつ、こんな目、してたか?  こんな、獲物を逃さないと言わんばかりの――。 「兄貴のこと、すきだから。兄貴の気が済むまで、俺の、かんで。兄貴の番に、して」  その言葉に、きゅう、と息が詰まった。  オレにとって、こいつとのセックスなんて、『オレがアルファであることの証明』『こいつよりも上であることの確認』でしかない。  でも、こいつにとっては、違った、という、ことで――。 「は、はは……」  乾いた笑いが湧き出る。馬鹿らしくて止まらない。  今更、なんだ、馬鹿らしい。  ああ、オレだって、オレは。  ――×してやりたいよ、お前のこと。  一瞬、浮かんだ欲をかき消すように、オレは梅希のうなじを噛んだ。

ともだちにシェアしよう!