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第1話

「さぁ、寄ってらっせぇ。見てらっせぇ」  16年前にこの辺り一帯で絶えず続いていた紛争が終わり、今日も沢山の商人の声が響く。  そんな商人の声が響く、階段と行き止まりの多い商人の町の名は讃(ザァン)。  然程、大きな町ではないが、活気に溢れていた。  これはそんな讃で、亡き師父の代わりに店に立つ少し無愛想な青年・胤(イン)の話である。 「去れ」  讃の1番下階の界隈にある雑貨店。  ドスの効いた低い美声が慎ましやかな店内に響く。声ばかりか、顔貌が小綺麗に整った淡い金髪の胤は次の瞬間、双剣を光らせる。  文句の1つでも置き土産にしようとした男達は舌打ちの1つもないまま、店を去った。  少し……無愛想というよりはかなり物騒な青年店主の胤は男達が冷やかしに触れていった貴重な巻子を丁寧に巻き紐で結び直すと、ガラス製の茶器で花茶を3名分淹れた。 「父上、母上、今日は菊花茶にいたしました。どうぞ冷めぬうちに」  と、生前、父上、母上と慕っていた師父とその奥方がよく仕事合間に休んでいたところに茶を置くと、胤も自身に淹れた茶を飲む。胤は謂わば、紛争孤児であり、師父とも奥方とも血が繋がっていなかったが、3人で過ごした日々はとても穏やかで幸せなものだった。 「今日も客を追い返して、と笑われるでしょうね。でも……」  実は、胤が先程の客を追い返したのは何も品物を買いもしないで、徒らに扱ったからだけではない。  母上と慕っていた奥方がこの世を去った原因である同業者を褒めちぎり、日々の頼りにしていたからだった。 「何が話題の薬師だ。薬は好きになれん。薬師は尚更のこと……」  胤は静かな店内に相応しく静かな怒りを纏わせ、花茶の入った茶器は波を作る。  奥方の命を奪った薬を処方した薬師は役所の調べにより故意に命を奪ったのではなかったこととして、無罪放免となった。だが、薬師はその日の夜、そのことを恥じて致死量とも言える服薬をし、自害したという。 『あれや、あれの薬を煎じていた薬師がもうこの世にいないというのは考えられぬが、人は必ず逝く。月並みではあるが、あれの分まで我らが生きねば、あれもゆっくりとは眠れまいて』  師父は静かに胤を諭すように言うと、9つになったばかりの胤は「はい」と答えた。  奥方が既に生存していないというやり切れない思いに、生涯をかけて背負うであろう薬や薬師への恨み。  14年前に奥方が亡くなり、5年前に師父が亡くなったのだが、彼も亡くなった理由も薬だった。紛争の後遺症がいよいよ薬でも抑えられなくなってきて、息を引き取ったことは今でも胤の傷として残り、癒えていなかった。

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