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第22話 鴻鵠の志を知らんや

李玖先輩がどうやって連れて帰ってくれたのか分からないけど、僕が目を覚ますとそこは自分の部屋で、僕をソファーで膝枕していた先輩は物思いに耽って窓の外を見ていた。 僕が起きたことに気付くとすぐににっこりと笑った。 「起きた?おはよ」 「おはようございます。先輩が連れて帰ってくれたんですか?重かったでしょう?ゴメンなさい」 「ちっとも重くなかったよ。もっと太んなきゃ。よく寝てたから勝手に上がらせてもらったよ」 時計を見ると3時間くらい経っていた。あれから高村さんとの話し合いは無事に済んだのかな。凄く怒ってたな。勝手に鎖を切ってもらったから? 「高村さんに説明してくださったんですか?納得してもらえました?」 「うん。納得してた。君に酷いことしてたって反省してたよ」 「そうなんですか。良かった。じゃあ何でそんな顔してるんです?他に何か気になる事でもあったんですか?」 先輩は少し苦しそうに僕を見てたんだ。 「ううん、ただの自己嫌悪」 「自己嫌悪?」 「うん。……晶馬くんは自分が急に寝てしまったのが何故か分かってる?」 「ええ、多分。先輩が暗示を掛けたんですよね」 「そう。君に力を使って眠らせたんだ。あの時の高村くんは自分の所有してる君が裏切ったと勘違いしてて、興奮して君に手を上げる恐れがあったからね。それに彼はプライドが高い。Ωの君に説明をされても納得するとは思えなかった。αの僕が言う方がいいと思ったんだ。 それに僕は君を酷い目に合わせた彼が許せなくて、どうしてもひと言言いたかったし。でもちょっと強く言い過ぎたかも。彼、泣いちゃった。あはは」 怖っ! 嘘でしょ?あの高村さんが泣いちゃうなんて先輩何言ったんだろ。怖すぎて突っ込めないよ……。 「晶馬くんに力を使ったのはこれで2度目だ。1度目は君と高村君の間の〈運命の鎖〉を切った時。力を使って君を誘導して鎖を切る意思を固めさせ、さらに君と僕の間に鎖を繋ぎ直した」 「あの時ですね。力を使っていただいて感謝してます。誘導されなきゃ僕は追い詰められても先輩の番にして欲しいとは言えなかったと思うので。今回だって僕の安全を心配して眠らせてくれたんでしょ」 「そうだけど、それでも君の意志を操ったことに変わりはない。僕は君を支配したい訳じゃないんだ、君に力をあまり使いたくない」 「支配だなんて大げさな」 「ううん、支配だよ」 はぁぁ。 李玖先輩はうな垂れて大きなため息をついた。 「晶馬くんが僕に電話したあの時、君は精神的に追い詰められていて誘導せざるを得ない状況だった。だから力を使ったけど、心の奥底では君を意のままに操れるって喜んでたんだ。これで君が自発的に番になるって」 「自発的に?」 「うん。僕は、君が高村君と出逢う前から君の事をいいなって思っていたから、将来的にはお付き合いして番になってもらおうと考えてたんだ」 「えっ!そうだったんですか!?ちっとも知らなかった……」 「内緒にしてたからね。で、きみがそのまま高村君と出逢わなければ、僕はそのうち告白したけど、君はきっと付き合うことも番になることも渋ったと思う。君は僕に好意を持ってても、自分は僕に相応しくない、もっといい人がいる筈だと考えて身を引こうとしただろう。でも僕はどうしても君がいいからグイグイ迫って僕を番と認めさせた筈だ。 そんな強引な付き合い方は強制と一緒だよ。Ωはαに逆らえないんだからね。君が僕を好きでもそれじゃあ本当の意味で君が手に入ったとは言えない。そんな始まり方じゃ、いつか、ふとした瞬間にひびが入る。 でも今回、君は追い詰められていた。極限状態だったから、いつもだったら押し殺す自分の希望を素直に吐き出したんだ。僕は君の希望を聞くというかたちで君を手に入れることが出来た。君自身に望まれて番になった。 こんなにラッキーなことはない。僕は転がり込んだ幸運に拍手喝采をしたね。 ……そういう訳で、君に力を使いたくないと言いながらもそのおかげで君の番になれ、力を使えてラッキーだと思ってる自分に落ち込んでたんだ。なのに、今日もまた君に使ってしまった」 項垂れた李玖先輩は僕の顔を下からチラと盗み見た。 うっ、怒られてしょんぼりしてる大型犬みたい……。 「君の安全を確保するのが一番の目的じゃない。本当はα同士の話し合いを聞かれたくなかったんだ。そして怖い僕も見せたくなかった。またしても自分の都合で君に力を使ってしまった」 トン。 先輩は、体重をかけないように僕の肩に凭れ掛かってきた。 「でもそれは僕に必要なことだったんでしょ。李玖先輩はいつだって僕の為に行動してくれてるもの」 思い返せばいつもそうだ。何度も励まして、幾つも救いの手を用意してくれた。おかげで僕の周りは魔法で溢れかえっている。 「怖い顔をしても力を使っても、それはきっと僕の為なんだ。僕は何度も何度もそれを見てきた。だから李玖先輩が何をしても、僕はあなたを信じていられる」 「!」 先輩は目を見開いて僕をまじまじと見た。そんなにびっくりすること言ったかな? 眉間にしわが寄って、また苦しそうな顔になった。 「うん。勝手な解釈だけど、高村君との話は聞かせない方がいいと思ってやった」 「先輩、高校で習った漢文覚えてますか。 " 燕雀(えんじゃく)安んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや "  直訳は小さな雀や燕がどうして大きな鳥の考えを知ることが出来るというのだ、出来はしない、でしたね。小さな存在には大いなる者の偉大な考えは想像すら出来ない、と。 李玖先輩は鴻なんです。平凡な僕達Ωやβにどうしてαの上位種である李玖先輩の考えが理解できるのでしょうか。僕らごときじゃ想像も及ばない。だけど僕は貴方の行動は僕の為って知ってる。 αの李玖先輩には、Ωの僕に告げられない事もあると思うんです。でもそれを気にしなくていいんですよ。貴方の行動には僕の知らない、でもちゃんとした理由があるって分かってますから。貴方がすることを、僕は全て受け入れられます」 「……晶馬くん……」 苦しそうな顔は泣きそうな顔にも見える。 泣きたいの?李玖さん。 何故だかそう思えて無意識に彼の頭を抱え込んだ。柔らかな髪にそっと触れると、腕の中から声がした。 「晶馬くん……」 先輩に背中を抱きしられた。体勢的に先輩が僕に縋ってるみたいに見える。 「僕は、本当になんて素晴らしい子を番にしたんだろう。君に巡り会えたのは奇跡だ。僕はこの先、もう何があっても、独りじゃないんだ……。 ああ……晶馬くん。晶馬、愛してる。僕を番にしてくれて、ありがとう……」 ええっ、いきなり何で? 「僕、普通の事しか言ってませんよ?」 「きみの普通が僕たちにとって特別だっただけだよ。もう!これ以上惚れさせてどうするんだよ。信じてもらってるとこ悪いけど、僕、君が好きすぎてヤンデレになりそう」 怖いですって!李玖先輩ヤンデレ似合いそうだから止めてください! 顔を上げた至近距離から晴れやかな笑顔で笑い掛けられたけど、僕は恐怖とトキメキの両方で心臓がばくばくになった。

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