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第23話 恋人の距離

「晶馬くん」 先輩はグリグリと僕の胸元に頭を擦りつけた。ホントに大型わんこみたい。僕は毛先が緩くカーブしている先輩の髪を梳いた。柔らかい毛先が胸元に当たってくすぐったい。ふふふって小さな笑いが出た。すると先輩は僕の腕の中から上目遣いで見上げてきた。 「晶馬くん。大好き。甘えさせて?」 「いいですよ」 僕からも先輩を抱きしめ、抱き込んだ後頭部を撫でる。 先輩の背中は見た目より大きい。ガリガリの僕と違って、服の下には敏捷な獣のように、しなやかで美しい筋肉があるのを僕はもう知っている。 「もっと」 「もっと?えっと、」 どうしたらいいのかな。 少し力を入れて抱きしめ、背中や肩を撫でてポンポンと軽くあやしてみた。どうかな、と見てみると先輩は気持ちよさそうに目を閉じていたけれどゆっくりと目を開け、チュ、と唇の先に触れるだけのキスをした。不意打ちにぶわっと赤くなる。 そんな僕の顔を見た先輩は蕩けるように笑い、僕を抱きしめて耳元で内緒話をするように囁いた。 「もっともっと。……ねえ、しよ?」 ……え? 何を?ナニを?……まさか、えっち?ここで?今から? 「っ、む、無理無理、絶対無理っ!」 「えーっ、どうして?」 「だってだって、まだ明るいし、今はもうヒートじゃないし……」 こんな明るいうちからしたら全部見えちゃうじゃないか!変な声出てる顔とか、我慢できなくて身悶えするところとか、僕の下半身とか先輩のナニががナニしてどうなってるところとかわーっ、見えちゃう、見えちゃうよ!無理だ、無理、耐えられない! 「……この前はあんなに求めてくれたのに」 「うわー!やめてー!僕あの時どうかしてたんです!」 「ええー、酷いよぅ、僕 弄ばれたの?」 「違っ、そうじゃなくてって近い近い先輩待って、うわっ」 腕の中、下から掬うように唇をかすめ取られ、そのまま触れる程度のキスを繰り返されたと思ったら、ふいに脇の下に手を入れられクルリと上下の位置を入れ替えられた。先輩がソファーに座り、僕はそのひざの上に跨る形で膝立ちしている。 先輩は僕の顔をじっと見上げている。 「……ダメ?」 うわ、まつ毛長い。 黒曜石みたいな瞳に見つめられて吸い込まれそうだ。鼻筋も通ってるし薄めの唇には色気がある。綺麗な顔。ううん、綺麗なのは顔だけじゃない、しなやかな身体も神様が造った芸術品みたいだし、頭だって僕たちが想像出来ないくらい良い。 どこをとっても完璧な人。 ホントにこんな凄い人が僕の番になっちゃったの? 今更ながらに緊張してきた。 「晶馬くん……」 先輩が僕を抱き寄せてきた。顔が近づいてくる。 うわ、うわっ 「……すっごい顔真っ赤。心臓もドクドクしてるし。何でそんなに緊張してるの」 「だって、だって、僕ずっとあなたに憧れてて、それなのに急に番にしてもらったから実感がないというかこの距離に慣れないというか……」 「そっか。君、誰ともお付き合いしたことないんだね。恋人の距離に慣れてないんだ。困ったな。……ああっ、もう、しょうがないなあ。今回だけだよ、引いてあげるの。次は泣いても許してあげないからね」 うっ、怖いことを言われてしまった。 先輩は苦笑いをして僕を開放してくれた。 「……次は暗いところで予告しないで襲ってください」 「 ! ぷっ、ははっ、いいの? 了解。いきなり襲ってあげる」 あれ?身構える隙を与えないでねって言ったつもりだけど、僕 何か間違えた? 「じゃあまずはこの距離に慣れて」 先輩は僕の体勢を横向きのひざ抱っこに変え、体を凭れ掛けさせた。 え、これって子供にするポーズじゃないの?でも凄く近くてドキドキする。 「今日はずっとこうしていよう。そしていっぱい話をしよう。後輩の君なら知ってるけど恋人としての晶馬くんは知らないから、君がどんな子か教えてよ」 「僕?普通ですよ。お父さんがαで、お母さんがΩ。兄さんと姉さんがそれぞれαとΩの普通の家庭。ただちょっとみんな僕に過保護かな。先輩のおうちは?」 「僕んちは一人っ子。両親と3人家族。父方が代々αの血筋で、まれに稀少種が出てるんだ」 「名家なんだ……」 「そんな大したものじゃないよ。でも晶馬くんち、過保護なんだ。怖いな」 「何がですか?」 「(つがい)になりましたって報告に行かなきゃでしょ。”お嫁にください” じゃなくて "お嫁にしました" だよ。僕、ぶっ飛ばされるんじゃない?」 「ぶっとば、あはは、ないない。それどころか僕よくやったって褒められちゃうよ。僕なんかがこんな凄い人をって、あっ、」 ”僕なんか” ってまた言ってしまった。 「……。ねえ、晶馬くん、前も言ったけど、君は決して不細工でも何でもないのにどうしてそう思ってるんだろう。兄さんと姉さんにコンプレックスでもあるの?」 「ううん、兄さんと姉さんからは何も言われたことない。優しくてかっこよくて綺麗で、僕の自慢なんだ」 「じゃあ彼らの友達だ」 僕はビックリして先輩の顔を見た。何で分かったんだろう。 恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけど。 「……小さい頃、偶然聞いちゃったんです。一緒に遊んでくれてた兄さんと姉さんのお友達が、僕は不細工でハズレだけど、兄さんたちのおまけだから嫌々遊んでやってるって」 「……」 あれ?なぜか先輩が怒ってる気がする……気のせい? 「だから僕、なるだけお友達の邪魔にならないように、もう一緒に遊ばなくなったんだ。それ以来、綺麗な人や凄い人達の集団は苦手かな。僕がいたら場違いだし、邪魔だって思われそうだから」 「晶馬くん……。可哀想に。そんなくだらないことで傷つけられて」 先輩は僕の肩を引き寄せてギュッと胸に抱き込んだ。 「君は勘違いしてるよ。その友達の中でまだ兄さん姉さんと一緒にいる人は いるかい?」 ……あれ?そういえばいない。 「彼らは支配者であるαと魅力的なΩに集る取り巻きだよ。友達じゃない。彼らは、いくら兄弟といえども、自分より幼くて格下と思える君が優遇されてるのが我慢できなかったんだ。そんな彼らのくだらない虚言に傷つけられる必要なんてなかったんだよ」 虚言?嘘なの?そうだったのかな。 「だから晶馬くんは堂々と兄さん姉さんと一緒にいたら良かったんだ」 「ううん、そうじゃないんだ。確かにあれはショックだったけど、酷いことを言われて傷付いたから一緒に遊ばなくなったんじゃなくて」 昔、遊んでくれたあの人たちを思い出す。みんなでゲームもしたし虫取りも探検もした。川はおんぶで渡ってくれたし、綺麗な蝶も捕ってくれた。楽しかった。 「不細工な僕の存在は邪魔だったんだ。なのにそれを知らずに図々しく遊んでもらってた。僕は彼らが大好きだったから、彼らの邪魔をしたくなくて一緒に遊ばなくなったんだ。今でも綺麗なΩの人達やαの人達が集まってる所は場違いで邪魔だと思われてる気がして苦手。でもそれは僕に自信がなくて弱いからだよ。彼らは正直だっただけだ」 「晶馬くん……君はこんな事を聞いてもその人たちを責めないんだね……」 僕は平気なのに先輩の方が苦しそうな顔をして僕の瞼にキスを落とした。手のひらが子供をあやすように背中や頭をそっと撫でる。キスは顔中、髪、耳の下といたるところにゆっくり降ってきて、最後に唇にたどり着いた。優しく唇を啄んで、舌がそっと入ってきた。 「んぅ……」 舌が触れ合った時溜め息にも似た吐息が漏れた。 甘やかされている。 薄く目を開けるとずっと憧れていた綺麗な顔がドアップで視界いっぱいに広がっている。 あ……凄い……ホントに先輩とキスしてる… 始めは緊張して強張っていた体も、優しくゆっくりと労わってくれる仕種に解けていった。 長いまつげに見とれていると、先輩がふいに目を開けた。視線がぶつかると先輩が嬉しそうな顔で笑い、僕は恥ずかしくて目を逸らしたかったけど、吸い寄せられるように外せない。舌を引っ込めようとすると、角度を変えて絡めとられた。 「ぅ……ふ…うっ……」 顔だけじゃなく頭にも血が昇ってきてクラクラする。 腕を叩いてギブアップを告げた。 「っ、っはあ、はぁっ、はぁっ」 「……晶馬くん、鼻で呼吸してね」 慣れてないんです、ほっといてください。 ちょっと口をとがらせて赤い顔で横を向く僕を見て、先輩はクスクス笑っていた。ちぇっ。

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