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第38話 〈 side.藤代 〉 京都にて(二日目)オールスターズ 1
(※初めに……
今回はコラボ回です!
「αの純愛×Ωの本能とβの本音」のキリトさんと世那さんが登場しています。本文中の彼らの描写はほぼ作者の結城樹さんが担当して下さいました。ご協力ありがとうございました!
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教授の発表した特効薬は、後にβの華々しい成功例のひとつとなった。
京都に泊まった次の日、教授は学会のステージで難病の特効薬が出来たと発表した。
医療が発展した現代において大抵の病は原因が解明されている。過去には不治の病であったものでも、今は治療法が確立されて完治するものばかりである。そんな中でこの難病は数少ない「現代に残る不治の病」であり、特効薬の開発が心待ちにされていた。その薬を〈αではなくβの教授が〉作ったという事実に会場は一際どよめいた。教授は賞賛の拍手に包まれてステージを降り、その後の打ち上げパーティーでも一躍 時の人として話題の中心人物となった。
学会が閉幕した後の打ち上げのパーティーは立食形式で、僕と教授は給仕するボーイのトレイからシャンパンを受け取り、無事に発表を終えた祝杯を上げた。この後ここは医療関係者の交流の場となる。教授も普段は遠方で会えない人達と情報をやり取りして意見の交換を行うだろう。
シャンパンを飲んだ僕は邪魔にならないうちにと早めに教授の元を離れ、会場のホテルをあとにした。
その足で僕が向かったのは都心に近いホテルだ。
かつてホテル王と呼ばれた男が建てたその建物は安全性とサービスの質が高く、各国のVIPや要人が好んで宿泊する世界最高峰クラスのホテルである。
僕はエントランスを飾る煌びやかなシャンデリアの下をくぐり、宿泊客がチェックインとチェックアウトで賑わうホールを抜けて、その奥にある観葉植物で仕切られた人目に付かない受付に向かった。そこでは重厚な机を挟んで総支配人がにこやかに出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、藤代さま」
「お世話になります。他の人達はもう?」
「はい、皆さまお揃いでございます」
「ありがとう」
更に奥にあるVIP専用のエレベーターへと案内され、一般の宿泊客では降りられない階層のフロアで降りた。案内はそこまでで、そのあとは淡いフットライトに導かれ、真っ直ぐ伸びたベルベットの廊下をひとり進む。
この先の部屋は選ばれた者しか入室できない。この廊下を進むあいだにセンサーで顔を認証されて、さらに虹彩と指紋、骨格、心拍リズムなどを次々に機械でチェックされる。登録されたメンバーにのみ扉が開く仕組みなので、いくら変装を得意とするニセモノでも入れない仕様になっている。
尤も、入ったところで金になるものも機密事項もありはしない。だから僕たちは一向に構わないのだが、もし侵入出来た人がいて、中で行われている内容を正しく理解できたとしたら……
ホテル王は稀少種だった。彼が守ろうとしたものは果たして我々だったのか、それとも侵入者だったのか。
ガチャリ
部屋に辿り着いて扉の取っ手を引くと、中から人の話し声が聞こえてきた。
「ほのかちゃ~ん、寒くない?こっちの方がエアコンの風こないよ、横においでよ。それともぼ、ぼくのうわぎ着る?あったかいよ、羽織ってごらんよ。あっ、熱いお茶いれようか、ぼく取り替えてくるよ」
部屋に入ると、サイド長めで前髪は短い髪型をした青年が、猫を撫でるような声で隣の少女に喋っていた。
彼女は長袖のサマーカーディガンの上に薄手のショールを羽織り、さらにフリルとリボンが幾重にも重なったボリュームのあるスカートを穿いている。とても寒そうには見えないが、困惑する様子も見せずにやんわりと申し出を断ってお礼を言った。
「ううん。大丈夫よ、寒くないわ。律希くんは優しいね。ありがとう」
「ぐふっ。優しいだなんてそんなぁ。ぐふっ。だって~。ほのちゃん、寒さに弱いから~。ぼくが気を付けてあげる~、でゅふ、でゅふ」
青年は照れた様子でくねくねと体を揺らし、腕で自分の体を撫でまわしてニタニタ笑っている。若い女の子なら気持ち悪がって敬遠する類 の動作だが、少女は嫌がるそぶりもなくニコニコと青年を見ている。
その少女が僕の入室に気付いて挨拶をしてくれた。
「あ、藤代さまがいらっしゃったわ。こんにちは、藤代さま」
「こんにちは、穂乃花 ちゃん。律希 くんもこんにちは」
「…………。……んにちは……」
穂乃花ちゃんに挨拶を返し、律希くんにも挨拶をすると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしてもごもごと口を動かした。先程の勢いはどこへやら、視線を逸らしソワソワと落ち着かない。どうやら僕は二人だけの世界を壊したお邪魔虫だったようだ。
部屋には三人の稀少種と彼らに追従する隠密、そしてアタッシュケースを手に提げた男性がすでに揃っていた。支配人が教えてくれたとおり、どうやら僕が最後だったらしい。
中央にあるアンティークの広い机の最奥には、僕たちの代表を務める天賀谷 さんが他の席より大きめな揃いの椅子に威風堂々と座っていた。右側に座っている夏帆 さんはモデルのようにすらりとしていて、マニキュアの薄く塗られた長い指を組んでいるだけなのに雑誌の写真のように華やかだ。
「穂乃花、そろそろ始まるからこちらへいらっしゃい」
夏帆さんが穂乃花ちゃんに声を掛けた。穂乃花ちゃんは夏帆さんの隠密だ。ちょうど僕と牧之原さんの関係にあたる。
「はーい。律希くん、わたし時間だからもう行かなきゃ。じゃあね」
「えっ、そんな……ほのかちゃん、やだ、行っちゃやだ」
穂乃花ちゃんはテーブルに置いていた小瓶から赤い錠剤を二錠取り出し、口に含んでゴクリと水で飲み込んだ。
「穂乃花ちゃん……!」
「……」
錠剤を飲んだ穂乃花ちゃんは俯いて少しの間沈黙していたが、直ぐに顔を上げて明るい声を上げた。
「はーい、ただいま。戻ってきたわよー」
「ほ、ほのか、ちゃん……?」
「はいはい穂乃花ですよー。あー、くそ暑っちー。よくこんな着てられるな」
穂乃花ちゃんは、首元で蝶々結びをしていたリボンをほどいてフワフワの髪をくるくるっとポニーテールに括った。それからブラウスのボタンを三番目まで外して豊満な胸元に風を送ると、ウエストの横で結んでいたスカートの紐部分を引いた。スカートは旗めくようにシュルルと翻って、中からホットパンツを穿いた白い生足が姿を現した。
「わ、わ、わ、やめろー!おまえ凍子 じゃないか!ほのかちゃんにハレンチな格好させるな!」
「うっせえよ陰キャが。私も穂乃花だっつーの」
「おまえみたいなビッチがほのちゃんなわけないだろ。どっか行け、ほのかちゃーんカムバーック」
「言うじゃねえか……そうだ、穂乃花言ってたぜ。律希キモくてウザイってさ」
「ほのかちゃんがそんな事言うわけないだろ、お前の言うことなんか信じるか!」
「あはは。相変わらず面白いね君たち」
いつものやり取りを僕が笑ったら、凍子ちゃんがジロッとこっちを見た。
「うっせーよエセ聖人」
「エセ……。凍子、お前ホント怖いものなしだな」
「当たり前よ。あたしを誰だと思っているの、コトコトのトーコよ。この音が止まらない限りあたしは無敵なんだから」
凍子ちゃんはいつもの決め台詞で勝気にニッと笑った。
同じ体でも凍子ちゃんは穂乃花ちゃんと全く違う。
穂乃花ちゃんはΩで体が弱く、何事にも控えめで人の痛みに敏感な優しい少女だ。でも凍子ちゃんは大胆でエネルギッシュ、その場の雰囲気を力強く引き上げる力がある。青白かった頬には赤みが差して、力が宿った瞳はキラキラと輝き、口元は自信に満ち溢れて口角が上がっている。何より穂乃花ちゃんはΩだが、凍子ちゃんはαだ。
穂乃花ちゃんは生まれつき病弱な体質だった。臓器も小さい上に血管も細く、血も薄かった。そのため酸素も養分も体内を回らず、慢性的な貧血で何度も命を落としかけていた。
そんな彼女は、夏帆さんから稀少種の血を輸血されて辛うじて命を繋いできた。なので、今彼女の体内は長年蓄積された夏帆さんの血で満ちている状態だ。これ以上少ないと命の危機が訪れるのだが、少しでも多いと飽和した稀少種の血に飲み込まれ、Ωの体が一転してαになってしまう。
αになり人格も変わった状態、それが凍子ちゃんだ。溢れんばかりにαの血でなみなみと満たされた穂乃花ちゃんの器、そこに注ぐ最後の一滴。いつもギリギリのラインに立っている〈穂乃花〉を〈凍子〉にした先ほどの薬は、夏帆さんの血を凝縮した血液製剤だった。
〈コトコト、コトコト……〉
それは心臓の音。
『コト』は夏帆さんが凍子ちゃんに与えた名前だ。
稀少種は隠密を任命する時、相手に名を与えて主従関係を結ぶ。
この音を名前として与えた夏帆さん。
この名を誇りをもって名乗る凍子ちゃん。
名前は主との絆である。この音で結ばれている二人の絆は、きっと僕たちには想像も出来ないほど深い──
壁際にいた薄型のアタッシュケースを手に提げた男性もテーブルにやってきた。
彼は顔の両側から鳥の翼で目を覆うという不思議な顔の隠し方をしている。耳から羽が生えて顔を覆っているのか、はたまた鳥が後ろから目隠しをしているのか。そんなありもしない空想が頭をよぎる。その非日常的な雰囲気が、表情の隠れた男を年齢不詳な謎めいた存在に見せていた。
彼が机で開いたアタッシュケースの中身はノートパソコンだった。モニターには、オオカミの被り物をした人物がスーツを着用して椅子に足を組んで座っていた。
モニターの人物は自分が稀少種であることを世間に明かしていない。そのため公の場には一切出ず、稀少種と隠密のみが集うこの会合ですら直接参加することはしない。彼の隠密がモニター越しの彼を運んでくるのだ。
オオカミは自分の隠密達に『トリ』の名を与えた。
だが名は誰に帰属するかを判別するためのコードであり、個々に付けられるものではない。一人の稀少種が自分の隠密達に与えられる名前はひとつだけだ。
オオカミの隠密は数が多い。なので『トリ』の名を与えられた彼らは各々 自分の鳥を決め、その翼で顔を覆って名前代わりにしている。前回来たのはハヤブサだった。目つきの鋭い大柄な男性だったが、今回はツバメが参加している。顔を隠す燕の翼に合わせたスワローテールと礼装用の白い手袋が、彼の流れるような身のこなしによく似合っている。
僕がテーブルの固定の席に向かうと、隣の席も既に埋まっていた。
「いつも楽しいやりとりをされますね、こちらまで楽しくなりますよ」
心底楽しげな声が少しの笑いを含み、その席の後ろに立つ銀髪の「侍」から発せられた。
そちらへ目を向けると隠密の一人である世那 さんがアシメトリーの前髪の下で光るグレーの目を細めている。彼の高い位置で括られた腰まである長い銀髪はいつ見ても溜息が出る程美しい。
「こんにちは、世那さん。キリトさんもお久しぶりです」
「藤代、挨拶が丁寧なのは良いが早く席に着け。今は時間の無駄だ」
世那さんの前に座る稀少種のキリトさんにそう言われる。
今日のキリトさんはノーネクタイのスーツだ。ノーネクタイであるにも関わらずカジュアル過ぎず、だらしなさを感じさせないのはキリトさんの彫刻のような体躯のせいか、洗礼されたスタイリングの賜物なのか。
αであり稀少種の中でも長身でバランスの取れた体躯のキリトさんは、衣類をほぼオーダーメイドで仕立てている。それは拘りではなく、単に既製品では合わないという理由で。加えて目立つのを嫌う彼はデザイナーや仕立ての職人に「動きやすくシンプルなものを」とだけ伝えるらしい。
良質な生地で仕立てられた濃紺のスーツ、折り返しのない立ち襟の白いシャツ、その襟を飾るスーツと同色の細い縁取りには細かな柄が細工されており、それはそのままボタン部分に被さるタイプのプラケットへと下りていく。
白いシャツはシルクだろうか、無駄なシワやたるみがなく、骨格や筋肉に沿って程よく影をつくる。
「すみません、お待たせしました」
キリトさんの隣である自分の椅子に座りそう告げ、世那さんそしてキリトさんへと視線を向ける。
世那さんは軽く会釈を返してくれ、キリトさんの方はこちらを向くこともなく無表情で濃い紫色へと瞳の色を変化させていく。
「律希、お前も早く来い」
「ええぇ……ふわーぃ」
呼ばれて律希くんもしぶしぶ奥の天賀谷さんの後ろに立った。
配置は、議長を務める天賀谷さんを中心に、右にオオカミさん、夏帆さん。左にキリトさんと僕だ。そして欠席している牧之原さん以外の全ての隠密が、それぞれの主の後ろに立っている。
全ての定位置が埋まったと同時に部屋の照明が落ちて暗くなってゆき、反比例して広いテーブルの中央に巨大な地球のホログラムが淡い光を帯びて浮かび上がる。
キリトさんの紫と同様、それぞれの色を濃くしてそれを見つめる稀少種たちの瞳。
薄闇の部屋に光る四対の目は、あたかも月夜の森で獣同士が交わす会話のよう。
「これより定期報告を始める」
いつものように天賀谷さんの重厚な宣言で稀少種の会合が始まった。
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