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第39話 〈 side.藤代 〉 京都にて(二日目)オールスターズ 2

※議長の大迫さん、改名しました。 大迫さん→天賀谷(あまがや)さんです 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 稀少種の中央に浮かび上がった巨大な地球の立体映像(ホログラム)。それを取り巻き、空中の様々な場所に開かれたモニター。そのモニターの全ての画面で光が砂嵐のようにチラチラと舞っている。 そこには地上の現在(いま)が動画と静止画で写っているのだが、一瞬で数百枚という莫大な量の情報が流れるため人の可視限界を超え、我々と特殊訓練を重ねた隠密以外には光の砂嵐にしか見えはしない。 「ではまず基本要項から」 「トリ、報告セヨ」 「はい」 議長である天賀谷(あまがや)が告げると、机に広げたモニターに映るオオカミが自分の隠密に説明を命じた。それを受けて椅子の後ろに控えていたツバメが口を開く。 「現時点での世界総人口は七十八億。上位主要国家は中、印、米、尼、巴基。GDP増減は当初の試算より下方修正……アフリカの穀物自給率は……EUの失業率と難民の受け入れは……」 彼の指が、急降下と急上昇を繰り返す鳥のようになめらかな動きで空中のモニターと地球儀を弾いてゆく。言葉に合わせて地上に点を灯す仕草は地面の虫を捕食するバードキスだ。 その仕草に合わせて空中に世界各国の人口の分布図やGDP、IMFによる経済動向といった社会情勢のグラフが表示される。 これは彼と彼の仲間である数多(あまた)のトリたちが各地を飛び回り、現地での正確な情報を集計した統計表である。 「以上です」 「オオカミ、補足はあるか」 「ナイ。追加ノ説明ヲ要セズ」 ツバメの表示したデータをオオカミが締めくくり、報告を終えた。 「では次」 「ユキツバキ」 「はい」 キリトの(めい)に世那が応じる。 「直近三ヶ月の天災です。長江流域の6月から7月の降水量が過去24年間で最多、その一方で遼寧省で旱魃、インド北部で気温が50度を記録。 コロラド州では9月に気温33度を記録後、24時間後には1度にまで低下し、雪に見舞われています。メキシコのハリケーン、カリフォルニアの山火事、ロシアの洪水、インドシナの低温多雨、日本で豪雨……日本に於けるこの夏の酷暑は偏西風の蛇行によるダイポールドモード現象だと思われます。この現象のために世界各地で災害が発生している模様です」 世那の静かに響く声が暗闇に広がる。彼の指が地上に灯す大小の光は薄く青を帯び、まるで犠牲者の魂のようだ。ならば灯火の大きさは数に比例するのであろう…… キリトが捕捉を加えた。 「今、太陽は無黒点期である。それが偏西風の蛇行を引き起こした可能性があり、今期の災害との因果関係を現在調査中だ」 「では引き続き調査と観察を」 「ああ」 その後も夏帆の隠密コト、そして天賀谷の隠密ミクニと報告が続く。 いつもならマキが行う報告は私(みずか)らで(おこな)った。 「……これらの事由によりヒトピローマウイルスは第一回薬事・食品衛生審議会 医薬品第二部会月で可と判断、今年の七月に承認が降りた。HPVワクチンの定期接種と検診を組み合わせることで排除が可能の為、今世紀中に頸がんは根絶するであろう。以上」 この報告で全ての分野からの情報が揃った。 「ふむ……変動値に多少の誤差を含むが、どれも人類の存続に関わる程ではないな。今回、介入を要する案件はゼロとみなす」 ここで重要性を認められれば、我々が介入して問題の解決に当たる。 昨年はマキが中東にあった武器製造コンビナートを壊滅させ、コトが武器の密売ルートを確保した日本の新興宗教団体を潰した。我々の行動は秘密裏に行われたため表向きは教団の信者であるタレントを逮捕した事件としか取り扱われていない。 本日の学会で発表された特効薬も、この会合で世界に影響を及ぼす可能性を危惧されて世間への公表を急いだものであった。 「では次に個人からの特筆すべき点を……先ずは私からいこう。ミクニ、説明せよ」 「は、」 律希が、すっ……と左手を上げ、空間を数箇所指差した。 「モニター、pic.165976318235、pic.496674663592、pic.641765410672、pic.671032498554、pic.846206560018」 右手でキーボードを弾く仕草をすると、指差した場所にモニターが開き、画面にはデータが滝のように流れだした。 「こちらは先程の報告にありました世界の総人口及び世界に占めるα‬、β、Ωの人口比率です。過去から現在に至る過程で緩やかに上昇してきたベータの比率ですが、この先は大幅に上昇していくと思われます。αとΩの親から純粋なβが生まれ始めました」 隠密達がピクリとわずかに身じろぎした。 「今までも低確率ながらαとΩの夫婦からβの子供は生まれていました。ですが、そういった子は表面上はβながら親であるαとΩの遺伝子を潜在的に保持しており、αとΩの血は引き継がれています。 それと違って今回生まれたのは純粋なβです。αとΩの遺伝子を持たないので、ここから先の子孫に‪α‬とΩが発生する可能性は、ゼロです」 男女の区別の次にあり、第二の性と呼ばれるα、β、Ω。人類はβから派生し、αとΩの因子を上乗せして現在の種別に進化している。 その発生原理は血液型と同様であり、α、β、ΩをそれぞれA型、B型、O型と置き換える事が出来る。 血液型ではO型同士の夫婦からはO型しか生まれない。同じくβの夫婦からはβしか生まれない。A型とB型の親からA型、B型の子供が生まれるように、αとΩの親からは‪αとΩの子が生まれる。 だが血液型ではAB型も生まれるのだ。それと同様のαΩの組み合わせこそが『αとΩが産むβの子供』にあたる。 αとΩの遺伝子は並列すると互いの特徴を打ち消し合うという特徴を持つ。その為表面上に現れず、βの特性しか出てこない。だがその子はαとΩの遺伝子を隠し持ったβであり、子孫に先祖返りのαとΩが生まれることがある。 血液型だと『A型とB型から生まれたAB型だがO型にしか見えず、だが隠れたAB型なので子供や子孫にA型とB型が生まれる』という意味となる。 今まではαとΩからβの子が生まれても、未来では逆にβからα、Ωの子孫が生まれ、長い目で見ると増減はプラスとマイナスでゼロとなっていた。 だが今回生まれたのはαとΩの遺伝子が消滅した純粋なβであり、この先‪α‬とΩは生まれない。よって単純にβの増加のみである。 「先ほどの報告どおり、現在はα‬とβとΩがそれぞれ占める割合に変動はありません。しかし、今後それらのバランスは長い年月を掛けてゆっくりと変化していく事でしょう」 遺伝子の性質でαとΩの因子が並ぶ確率は非常に少なく、この事例の発生確率も稀である。また、長い年月を掛けないと結果は現れてこない。 "αとΩの間にβの子供が生まれた" 表向きは今までと同じ出来事だが内容は全く異なる。表面上に現れないだけで、世界は静かに動き始めていた。

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