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第43話 〈 side.藤代 〉 鎖より重い

そうか、分かった。 おそらく晶馬くんは小さい頃に大切な人と死に別れているのだ。それも心の準備をする暇もなく、突然。その体験が僕がいなくなる事を恐れさせている。 人は大切なものを失った体験をすると、再びの喪失を恐れるようになる。この子が怖がっているのは僕が居なかった事じゃない、いつか居なくなる未来だ。それがいつになるかは誰にも分からない。離れていれば今がその瞬間かもしれない、だからずっと不安で安心できなかったんだ。 心に受けた傷は時と共に風化していくものだ。だけど小さい頃に受けたショックは大きく、いとも容易く晶馬くんを幼子に戻してしまう。情緒不安定と悪い要因が重なり、その時の恐怖が今再び襲いかかっているのだ。 命が永遠でない僕らにはいつか必ず終わりがくる。ならば星になるその日までは決して離れず、共に生きよう── そう決意しても残り時間はバラバラで、事故でもない限り最後はどちらかが残される。 晶馬くんは小さい時に残される辛さを知ってしまい、当時の小さな晶馬くんが、また怯え震えている。 「ううーっ、ひっ、ひっく、ひっく。りぃ、りぃ……」 晶馬くんは胸元に顔を埋めていやいやをした。 「晶馬くん……」 大人ですら耐え難いのに、晶馬くんはこんなに小さな時に永遠に会えない辛さを体験してしまったんだね。 幼い仕草をする僕の大切な(つがい)よ、だったら約束をあげよう。君が心から安心できるように、ずっと一緒にいられる保証をあげよう。 僕は思いを込めて言った。 「ねえ、僕は君の魔法使いだよ。君の願いを何でも叶えてあげる。僕に願いを言ってごらん」 晶馬くんは更に僕の胸の中で顔を振った。 「信じられない?僕は晶馬くんが信じれば何でも出来るんだよ。だって君の魔法使いだもの。君は僕に願いを言うだけで何でも叶う。さあ、言ってみて」 晶馬くんが顔を上げた。涙で瞳が揺れている。 「りぃ……」 ひくっ、ひくっ。 「言って。さあ」 時と同じ台詞で促す。 お願いだ、もう一度この手を取って。 「……いなくならないで。置いてっちゃ……やだ。ひとりにしないで」 「いいよ、分かった。約束する。君を置いていかない、一人で死んだりしないよ。晶馬くんと離れてる時は事故には絶対に遭わない、天災にも巻き込まれない。簡単だよ、警戒のアンテナを少し広げればいいだけだ。行く先の天気を予測し、交通機関の情報を掴み、運転手の健康状態や乗り合わせの客の様子を見て周りの危険も予測する」 晶馬くんが目を見開いた。 「晶馬くんが信じることが出来ればこの魔法は成立する。どう?僕を信じられる?僕にそれが出来ると思うかい?」 実際、それを行うのは容易(たやす)い事だ。大切なのは晶馬くんが僕を信じられるかどうか。 晶馬くんが躊躇うように目線を逸らし、再び僕を見たあと下を向いて首を振った。 「お願い、晶馬くん。僕をずっと君の魔法使いでいさせて。君がうんと言わなければ僕は魔法使いになれないよ。君を幸せにしたいんだ」 僕を異能を使う化け物じゃなく、願いを叶える魔法使いにして。 「それが僕の唯一の願いなんだ」 僕はこの願いの中にさりげなく僕の望みを練り込んでいる。 分かってるかな、晶馬くん。 この魔法の効果は君を安心させる事だ。僕がどんなに予測して事故を避けても、君が信じて安らぎを得られなければ成立しない。 だから、この先晶馬くんが安心して暮らしていくことは、僕を信じている証明になる。 君が信じる限り僕は君の魔法使いであり続けられる。化け物じゃなく、魔法使いだ。 だからこれはきみの願いじゃなく、僕の願い。 僕はずっと君の魔法使いでいたい。 晶馬くんは、あごからぼたぼたと落ち続ける涙の雫をそのままに、瞬きもせずに僕を見つめている。 お願い、晶馬くん。 僕を、一生君の魔法使いでいさせて。 コクンと晶馬くんが小さく頷いた。 ああ! これで僕はずっと晶馬くんの魔法使いだ。 晶馬くんは今、僕を信じると誓ってくれたんだ。 この魔法は、運命の鎖よりずっと重い。 「愛してる」 僕は晶馬くんの唇に触れ、契約成立のキスをした。

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